人生の確率計算

先日例の仲間の会合で“Y君の所感”“ピアニスト君の確率計算”を巡って話題が湧いた。
   ▲女は畏怖すべき存在:[C-178]、に紹介している“Y君の所感”
『Y君はふと、確率的には稀な「人との出会い」に恵まれる僥倖を頂いたのを有り難く思う、という。』
     のクダリと、

   ▲ダンスパーテイでの確率計算 :[A-96]: の中で、
ピアニスト君が、「ダンスパーテイのミキシングで、同じ人と5回出会った幸運の確率」を論じ、『稀な現象ではあるが、それほど驚異的な奇跡というわけでもない』、と述べていること
     が発端で、

「人生に於ける、幸・不幸の生起確率」が議論になった。

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   数年前の話だが、R2君はビンゴで2回連続して大当たりを得た。
長いクルーズの船内でビンゴ大会があり、一等は20万円位の値打ちのあるプレゼントが贈られる。
乗客の数百人の殆ど全てが参加するから、当選確率は数百分の一である。
一度でも当選すれば羨ましがられるのを、R2君は2回のクルーズで連続して獲得したのだから、周囲の人達に呆れられるほどの幸運である。
しかし、容易に計算できるとおり、その確率も数十万分の一で、ピアニストのダンスパーテイと同程度であり、一億円宝くじ以下である。
運が良かった、という程度であって、驚くほどのものではない。

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こうして生起確率の話になって、改めて思うと、
   ▲海外旅行:[C-106]:
に私が書いた件
   :Y君に関係ある(M)さんと出合ったのは、
   上記の①ダンスパーテイ、②ビンゴ、の話よりも、
   桁違いに生起確率の小さな、珍しい出来事だったと思う。

更に、Y君は
   ▲昭和の青春(4)戸隠ブログを見て :[A-89]:
にあるような奇跡的な体験をしている。
この生起確率の計算は、どの様に考えればよいのか見当も付かないが、
10億分の一、100億分の一、などという数字ではないだろう。

そして
  ⑥a ▲因縁?、仏縁?、分る事、分らぬ事: [C-149]
  ⑥b ▲不思議な体験:[C-177]
 
に述べている私自身の体験に至っては、計算方法どころの話でなく、
  「生起確率」などという概念、も持てないであろう。

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そうしてみると、現実にそのようなことが起こったのは、
偶然ではなくて、誰かが意志を持ってその様にした
     としか考えられない。
孫悟空が仏様の掌中でいい気になって動き回っているように、
我々も人間の理解を超えた領域で生かされているのかも知れない。

動物の集団の中での各個体の能力は同一ではなく、優劣があるものの、犬は犬の、猿は猿の、『相場』があることを、
  ⑦ ▲感度の有無(4)民主主義:[C-130]
  ⑧ ▲感度の有無(5)交通警官:[C-131]
に書いた。 人間からは見えるこのことを、犬や猿は理解していないだろう。 同様に人類よりも知的に上位の存在から見ると、人間の『知的相場』の限界が見えるのだろう、と思った。

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私は4年前に書いた

  ⑨ ▲人類滅亡論[2]人知の限界 ◆超科学(2):[C-3]:

  ⑩ ▲人類滅亡論[1]人知の限界 ◆超科学(1):[C-2]:

を再度主張するのだった。


なお、“砂山のパラドックス“に関して一寸計算をしてみた。
地球全体を直径1mmの砂粒の集合とすると、其処に含まれる
砂粒の数は、8.6X10(29乗)である。

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