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zoom RSS 仲間の出合った人達:(3) 人生の先生

<<   作成日時 : 2006/07/09 22:09   >>

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仲間の人達が他所のブログに入れたコメント等を見ていると、其処にさりげない機会に人生を教えてくれた人達、の話題があるのを発見したりする。
整理して書いたブログの記事よりも、その方が、味が有ったりする。
少し、それらを集めてみた。

この{仲間の出合った人達}:の(1)、(2)、は、Y君の出合った著名人の話であった。
言うならばピアニスト君の場合の『司馬遼太郎』のようなケースである。
これに対して、今回のエントリーは、ピアニスト君の 『無名の母親』
にでも比較すべき、話題である。


★「幼児教育」

『散策』さんのブログ 記事{2006/7/1: 赤ん坊の抱き癖}、へのコメント、を引用する。
散策さんは、真面目なお人柄がブログにもよく現れている。 この記事も、赤ん坊が泣いた時に母親が抱き上げて対応するのが良いか悪いか、赤ん坊の抱き癖についての問題を考えているのが主題で、それ自体が読ませる記事である。
其処に、佐久間象川氏が 入れたコメントである。

抱くのが、良いか悪いか。体罰は、良いか、悪いか。 といった次元での取上げ方には、問題が在るように、私には思えてなりません。
 子供は大人が考えているよりも、遥かに賢いと思うからです。
驚くほど幼い時の記憶の話、などを読むことが有りますが、私は本人の記憶違いではなくて、事実として在ることだと思っています。

私自身の3歳頃の体験です。 玩具屋さんに私等が考えて行った玩具が無かった時に、目の前に在った別の玩具を私が欲しくなりました。
その時に母が、「お前が欲しいならば、それを買ってやるが、その代わり、当初考えていたものは買わない事にするよ」、と言いました。
私は、人生に於いては、コレを取ると替わりにアレは駄目になる、という事のあるのを、強烈に学習して、その後の人生を歩んできました。
大変な教育効果の在った経験だと、今でも母の処置に感謝しています
。  (佐久間象川)


★「小学校教育」

『モナミ』さんのブログ 記事{2006/6/26:勉強、勉強}、へのコメント、をコピーする。

小学校一年生の時、授業時間中に窓際の座席で外を眺めていた私は、突如先生に話し掛けた、 「良いお天気ですね」、と。
吃驚したに違いないが、先生も、「良いお天気だね」、と返してくれた。
「余り良いお天気なので、僕は外に出て遊びたくなった。 一寸ブランコに乗って来ていい?」
先生に許して貰って、たった一人校庭のブランコで遊んで来た件は、その日、私が帰宅する前に親の知る所となっていた。
あの素晴らしい先生、清水先生がご存命の間に、私も一生の間に犯罪も犯さず、少しばかりは社会に貢献する仕事を出来た事を、報告したかった

(今ならば、私の様なのを、問題児と云うのでしょうね)


★「中学校教育・1」

『モナミ』さんのブログ 記事{2005/7/26:先生}、へのコメント、である。

 嫌らしい子供だった私は中学生になった時に、一つの発見をした。
数学でも、英語でも、先生が、「教科書の問題を予習して出来た人は手を上げなさい」、と言う時に、後の方からおずおずと挙手をする生徒に、指名が行くことを悟った。
宿題も予習も大嫌いで、やったことのない私だが、この法則を応用して、必ずクラス中で真っ先に手を挙げたので、決して指名されなかった。

ある時に、例に依って先生が言い終えない内に手を挙げた所が、それが超難問で、クラス中で一人も出来ない問題であり、他に手を挙げた者は居なかった。
私は指名されてしまった。 立ち上がりながら考えたが、当然出来ない。

すると、先生はニヤリと笑って、「問題を間違えたな」、と助け船を出してくれた。
先生には、見透かされていた事を、その時に明確に悟った。
当時の先生は素晴らしかった。
あの「ニヤリ」は、百万遍の説教よりも教育的であった。 


確かに、「お前は、何時も宿題をやって来ないのに、手を挙げているな、と言葉で言うよりも、「ニヤリ」の方が、どれだけ強烈であるか。
 昔の先生はこういう凄さが有った



★「中学校教育・2」

『変人キャズ』{社会的忘却のメカニズム(2)}、のコメント:

好きであった数学は、田舎者で指導者が居ないので無茶をしていました。
当時は円周率が707桁までしか計算されて居らず、その500桁以後に過ちを見付ければ何万マルクだかの懸賞金が掛かっていたので、夢中になって計算したり。
高校に進んで、都会から来た同級生は、中学の2年生の時には微積分を卒業していたノートを見せられて、ショックを受けたり。 でも愉しかったですね。
あの様な遊びを知らない今の中学生は、気の毒です。 

確かに、昔の若者は中学生から大学生まで、独学で深入りしていた。
東大教授で日本を代表するような業績を上げている方で、「私は独学で勉強しました」、と言う方は随分大勢居た。
それは、若者が独学するほどに、学問にのめり込ませた、昔の先生が偉かった、ということである。

★「高等教育」

高等学校、大学での強烈な教育体験を、書いた記事としては、
「真の教育・菅田教授」」の件での、Y君の話が有る。
しかし、以上の各項の様なコメントを見た記憶はない。
これから探してみて、見付かったら追加する予定である。

★「社会人教育」

一例として、Alpsさんのブログの記事、{老師の一喝}、などは、「仲間が直接に出合った人」の話ではないが、感銘深い、「人生を教えられる話」である。
こうして、記事やコメントを、友人の理解を通じて紹介され、教えられると、自身が或いは仲間が直接に逢った人物の行動でもないのに、何とは無しに親しみを感じて、受け入れられるのが不思議である。
その意味で、昔、私が読んで感銘を受けたが、現代の人には恐らく語り継がれていないであろう幾つかの話を、その内に、私のブログで紹介しようと思う。
そうなると、相手が有名か無名かは問題外である。
「手塚先生にドイツ語を教えた話」などが、その中にある。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
トラックバックありがとうございます。佐久間象川様のお母様の話、良い話と思います。変人キャズ様が、以前、一番読んで欲しい話としてあげられていたお仕事をされていたご両親のお話も印象的でした。
散策
2006/07/10 06:06
散策様には、コラムの転載をしていた頃から拙文を見ていて戴いて有り難い事だと感謝しています。何しろ小学校一年生以来の問題児ですから、そして同じ田舎で採れた同類と徒党を組んでブログで騒いだり、お恥しいのですが、有り難い事に皆、両親には皆、同じ想いを持つことが出来て、近頃の流行の様に母親を殺したりしないで、老境に入れました。
変人キャズ
2006/07/10 13:42

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