変人キャズ

アクセスカウンタ

zoom RSS 国会証人喚問を見て思う(2)

<<   作成日時 : 2006/01/21 16:50   >>

トラックバック 4 / コメント 0

前回は、法律関係者と私との「価値観」の相違を書いた。  続いて今回は、彼らと私との「仕事観」の相違に就いて述べたい。

我国では有力官僚の殆どは、法学部の卒業生であり、政治家もそれが多い。
ここで私が、法律関係者という言葉を用いる時には、裁判官・弁護士とは限らずに、広い意味で読んで頂きたい。
我国の法律専門家の中には、 自分の仕事の本質を、思い違いしている人が多いと思う。

★例えば、弁護士は法廷で、被告が不当に処分されないように、努めるのが仕事である。 法の許す範囲で出来るだけ、犯罪者に下される刑罰を軽減するのは仕事であろう。
しかし、嘘を吐いたり、事実を隠蔽し裁判官を騙したりしてでも、 被告の無罪を獲得するのが仕事と考えているのならば、それは間違っている。

弁護人は、間違った判断や歪んだ情報で、犯罪者が処断されないようにするのが、仕事の筈である。
白を黒と言いくるめてでも、成果を挙げるのは泥棒、ペテン師の所業であって、弁護士は違う筈である。

刑罰の軽減を獲得する目的のために、その様な方向への誘惑があるのは分かる。
でも、それをしたら、丁度今回の事件で、誘惑(圧力)に負けて、建築申請書をに偽装し、認可許可証の不備を隠蔽した建築士たちと同様である、と私は考える。


所で、嘘には二種類あって、何処かで証拠を見付けて、それが嘘である事を証明出来るものと、それの出来ないものとがある。
ある人の頭の中で、何を考えているかは後者である。


「記憶に御座いません」という嘘は、絶対にバレる事のない嘘である。

人間の社会では、本人が突っ張れば、記憶に在るか無いかは他人には分らないので、嘘である証明は出来ない。
 それがバレルのは、死んで神様の前に行った時である。


欧米の社会的地位の高い人物、例えば一国の元首等が、何か実に止むを得ない事情のために、脂汗を流しながら嘘をつく場面、を見ることがある。
これに較べて、日本では極めて安易に、平気で嘘を言う。
これは、宗教的な背景が、異なる為であろう。
欧米では、社会生活の中に、一神教の神が入り込んでいるが、 我国ではキリスト教徒と言えども可也違うのだから、:(遠藤周作氏)。


弁護士が、「無罪を勝取るための戦術として、 都合いの悪い事は、記憶にないこと(嘘)にしなさい」、 と被告人に言うならば、これは本来は弁護士にあるべからざる事である。

泥棒、ペテン師の所業である。  然し、現在の我国では、この様な方法でも、無罪を勝取る弁護士は、腕の良い弁護士として評価される。

国会証人喚問で、証言する前に宣誓をする。
嘘を言ったことが後で分ると、処罰される。
然し、バレる事のない嘘ならば、処罰の可能性は無い。
つまり欧米では、バレない嘘であっても、よろしくないが、我国ではバレなければよろしい、のである。


昔は、この手の弁護士を、三百代言、と言って、世間では軽蔑した。
然し、依頼人の方では誠実な弁護士よりも、汚い手を使ってでも、自分を勝訴させてくれる弁護士の方が望ましい。
当然、その手の弁護士の方が客が付くから、 次第に、悪貨が良貨を駆逐して、業界では遂には、それが常識となった、のだと思う。

科学・技術の世界では、人間でなく自然界(神様)が相手である。
人間は騙せるが、神様は騙せないから、その様な発想は生じ得ない。


「出逢い」に想う(1)、 にピアニストが述べている様に、欧米の人種と日本人との国民性の差のために、
明治時代に法律制度を緊急に輸入した時に、 形骸は輸入したが、その背骨となる部分が脱落した。

明治政府は近代国家になるために、欧米の法制を導入することを急いでいたから、 官吏登用に法科優先を行なった。
現在となってみると、その咎めが各所に出ている。
その一つが、今回の国会での出来事である。



法律関係者と私との、「仕事」観の相違、に就いて述べた。
何世紀かの後には、昔の日本人は・ ・ と言って、笑い話になること請け合いである。
然し、現代は未だ、 法律神学の君臨する時代である。
今回の国会証人喚問で、又しても、 私は現代に生まれた不幸を味わった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(4件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
国会証人喚問を見て思う(3)
国会証人喚問を見て、前々回の記事、★:国会証人喚問を見て思う(1)、では法律関係者と私との「価値観」の相違を、前回★:国会証人喚問を見て思う(2)、は彼らと私との「仕事観」の相違に就いて書いた。 続いて今回は、纏めを述べたい。 私は、「もうそろそろ、現在の日本的風土を手直ししなければいけないのではないか」、と提言したいのである。 日本的風土とは:「手術は成功した、然し、患者は死んだ」。これである。 この名文句は、物質的には豊かになったが、精神面は法律屋的発想が支配する、明治以後の日本... ...続きを見る
変人キャズ
2006/01/23 15:09
60年前の回想(5)
此処に書く内容は、一口で評するならば、“蛇足”、である。 蛇足を描くのは、プライドを持つ人間は、すべきでないこと。 それを承知の上で此処に書くのは、私が老化したからでなない。 ...続きを見る
変人キャズ
2010/04/14 07:14
革命への予感
日本で権力を持っているのは、法律を専攻した人間          (東大法学部卒など)である。  この連中が官僚になって国政を動かし、司法関係者  になって裁判を支配する。 明治の開国以来、  そのような社会的な仕組みが作られたのには根拠が  有った。 (... ...続きを見る
二人のピアニストに思う
2012/02/12 16:42
裁判員裁判と最高裁の判決
- - - 裁判員裁判と最高裁の判決 - - - 7/24に最高裁が下級審での判決を破棄した。 これを見ると  以前に (日本の司法制度:[C-180][2009/5/15])        に述べた事を思い出す ...続きを見る
変人キャズ
2014/08/21 02:16

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
国会証人喚問を見て思う(2) 変人キャズ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる