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「朝令暮改」 (1990) 朝令暮改は役所の悪口だが、行政官庁の中でも、特に文部省は、教育・研究といったものの性格から、政策に安定性が求められる。 官僚の腕の見せ場、といった感覚で行政を行われては困る役所だが、 実績は実に褒められない。 制限漢字や送りがなが、数年ごとに改定されるのも困るが、 極めつけは、大学入試制度で、 毎年大学入試をいじり回して、制度を変える事への批判は多い。 初等中等教育は、これで破壊された、とする意見まで有る。 [◇] 科学・技術の分野でも、 大学は産学界と手を切れ、という次官通達 を出しておきながら、数年後には、 大いに産学協同を進めよ、と次官通達 をしている。 離婚せよ、と言って別れさせた夫婦に、今度は再婚せよと言えば仲良く出来るものだろうか。 経済情勢の変動を見て,公定歩合を上げ下げするのとの、違いが分かっていない。 [◇] 三年ほど前に、都内のある国立大学は、 文部省の指導により全学的な大幅な組織換えをした。 多年、宿願の大学院博士過程設置を認可して貰うために、 不本意ながら指導に従つた。 が、大改組の歪みは深く、現在なお新組織が十分に機能せず、教官にも欠員が非常に多く、教育・研究の機能は停滞の惧さえあるそうだ。 ところが、そんな大学に今度は、「学際性を重んじ、専門バカにならないようなカリキュラムを組んで、社会人を大幅に受け入れる組織を作れ」、 と文部省が組織変更を指導して、 大学内部は大騒ぎだ、という。 [◇] 境界領域の発展は、人の問題、気質の問題であって、カリキュラムで方向付けに成果が上がる、とも思わないが、 それ以上に問題は、 無闇に騒々しい、頻繁な制度いじりだ。 教育・研究に最も大切なのは静かな環境である。 絶えず思い付きの組織改革で、仲間内の人間関係の無用な悪化や、研究自体と無縁の雑用を押し付けられては、研究どころでない。 こんなだから、 「日本でノーベル賞が取れないのは、文部省が有るからだ。 基礎研究の振興のために文部省廃止を」 と、 頭脳流出のコロンビア大学教授に提言されたりする。 [◇] 役人が理想を持つのは良い事である。 しかし 毎年、大学入試の方法を、「改良」、したり、 3年前の改組が落ち着かぬ内に、新しい理想の実現のため組織いじりをしたり、 を止めて、何もしないで現場をそっとしておいてくれ方が、もっと良い事である。 − − − − − − − − − − − − 技術時評:朝令暮改[文部省解体論(1990/6/27)→改定(7.15)→文部省は反省を(7.30)] 94「朝令暮改」 [D12,G]−37− − − − − − − − − − − − − 註記★:「私の独り言{前置き[1]}:2005/4/21」、に述べた理由で、 このシリーズの記事を多数並べているが、 これらの中で筆者として最もお読み戴きたいのは、 次の2編です。 ◎[11]私の独り言{明治生まれ:1979/5/26}[2005/7/6] ◎[9]私の独り言{血税の使い方:1978/4/5}:[2005/07/04] − − − − − − − − − − − − 註記★★:同郷の友人達のブログ記事の幾つかを、佐久間君が、 「カルタゴの旅」、にリストアップしています。 |
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