技術者の意思決定(2)

Wikipediaで見ると、チャレンジャー号の打ち上げ失敗の
事故調査で、NASA幹部は打ち上げスケジュールを維持するために
安全規定をしばしば無視していた事実、が明らかになっている。
4月14日早朝のテレビ講座では、当時のロジャー・ボージョレの
顔や音声を映しながら、彼が自身の技術的判断と、会社の方針や、
NASA、の方針との間で苦悩する心情を説明していた。
事故が起こった後の現在から見れば、誰が正しく、誰が無責任
だったかは、全人類が知っている。
しかし、歴史の進行途中では、力関係は
       主張や見識の正否とは別なことで決まる。
私はこれを見ながら、友人のK君の苦悩を想起していた。

 
     ★ ★ ★ ★ ★

K君もこれに似た状況の犠牲者だった。 努力、能力、誠実さ、
全て空しく、人生を破壊されたのだった。
日本の大学システムの運行を誤ったあの時の文部省は、
チャレンジャー号打ち上げ時のNASA、 と同じで

後から歴史を眺めれば、例えば:
   ▲ 大学設置認可問題(1):[C-298]
   ▲  大学設置認可問題(3):[C-300]
にも書かれている通りの、いい加減さであった。
大学制度の没落が決定的になった現在から見れば、
誰が正しく、誰が無責任だったかは、誰の目にも明らか

である。

現在になっては、愚痴にしかならないが、
   歴史に学ぶための資料として、書き留めておく:
(文部省のスペースシャトルが破壊墜落した後から反省すれば)、
NASA幹部が打ち上げスケジュールを維持するために安全規定を
しばしば無視していたのと同様な事実、が明らかになり、
歴史の教訓となるから。

     ★ ★ ★ ★ ★

あの頃、文部官僚が見当違いのお遊び、をやろうとして
声を掛けたが、「現在の所謂”大学”」とは違って、見識のあった
          当時の、全国の国立大学は相手をしなかった。
そこで、毎度この手のお遊びをするときに使う3大学を使うことにした。
   ▲ JICA業務縮減を喜ぶ(2c):[L-56]
   ▲ JICA業務縮減を喜ぶ(2b):[L-55]
   ▲ JICA業務縮減を喜ぶ(2a):[L-54]
にも登場する3大学である。

不幸にして、その3大学の一つであったK君の居た大学は、
  文部省の与えた餌で食中毒を起こし、
  それまでの高い評価、を失った。 
若しも文部省の提案を飲めば、大学に学科新設や
  定員増などを認める、と言われて、それを受入れた。 
それまでは短大教授としてしか認めなかった教官を全員、
  学部教授に昇進させ、   大学院担当資格を、
  従来の20倍以上の人数に、認められることが出来た。
、 
文部省のこのような提案を示された時に、K君は、
組織や同僚の世間的な幸せに対する思いと、国家社会の
長期的視野に立っての良心的判断との狭間で苦悩した。


その時のKは正に、14日のテレビ画面に出ているボージョレ
             と、同一の苦悩を味わった。
また彼の大学にあった付属研究施設は、彼が高校時代から
尊敬していた大層著名な大先輩教授が創設、したもので、
創設当時は、その分野の、日本で唯一の施設だった。 
それでなくても、当時は現今の大学とは異なって、教室以外の
施設はあまりなくて、彼の大学では、それが唯一の施設だった。

だが、文部省はその時の甘い汁の代償として廃止することを
求めてきた。 実は、これも文部官僚が大蔵省に対して、
自身のやりたいお遊びを認めさせるための方便であり、
学問の歴史的意義等を判断してのことではなかった。 
しかも、その時点で彼はその施設の責任者
             施設長の肩書、であった。

     ★ ★ ★ ★ ★

当時の彼の大学内には、その施設を存続すべきだとの
少数派意見もあったが、彼は施設の廃止に同意したので、
多くの人々は驚嘆した。
学問に対する平素の主張からしても、 彼の立場からしても、
        彼の同意は不思議であった。
後に私が彼にこっそりと聞いたところでは、彼は
「その程度の(文部省の画策に踊らされる程度の)大学に、
  国民の血税を注入するよりは、 施設を廃止する方が
納税者のためだ、と判断した」、 のだったという。

 「技術者の意思決定を迫られる場合」、という
 状況の深刻さを見た人間でないと、 こんな主題が、
大学院の講義の一回分に値するのかと思うだろう。


 しかし、現実にボジョレ―の危惧は実現してスペースシャトルは
空中分解して落下したし、当時の文部省の施策、多人数教育、
大学増設などは、全て現在は見直しが行われている。
この様な誤りを生じさせたのは、「技術者の意思決定を
迫られる場合」に、当時の対処に問題があったからだ。


文部省がいい加減な施政を強行しようとしていたその時点では、
権力も、金も、全てを握っているのは文部省であって、
発言力だってK君の方はゴマメの歯ぎしりでしかなかった。
 自身の技術的判断と、会社の方針や、NASA、の方針との間で
苦悩するロジャー・ボージョレの顔や音声を、テレビ画面で
見ながら、NASAも、文部省も、人間の社会の仕組みとしては
仕方のないことであるのを思った。
歴史から学ぶ以外に方法は無いのかもしれないが、
そうすることは、人類の限界を超えたこと、不可能なこと、
なのかもしれない。

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