映画「哀愁」の話

二人のピアニスト氏が、船旅の船上シアターで見た、往年の映画の感想を書いている。 (船旅のご報告(2) )。

「往年の名画」、と現代の映画やTVドラマの違いは、
  「映画製作者の質の低下」、 の他に、
 ”「観客の人生観の変質」、 に依って生じた、”
      という趣旨の感想である


 「人生に、恋は唯一度」   「恋は、年に一度」
と変化した世相の変化が、映画やTVドラマの変貌の原動力ではないか、ということである。

この点は、私も同感であり、納得する。 従って、船上シアターに集った老人達が、
 『現代の若い人々が、何不自由が無く、生きていけるのは喜びながら、世相が上のように変ったことに不満』
  を感じる気持、も理解できる。
 『食うもの、着る物、に何不自由が無く、豚の様に生涯を過ごす現代の人々に、言葉の通じないもどかしさを感じる世代』、
  という感覚も共有できる。 


ところで、ピアニストのブログ記事で、 上の表現が現れた文章は、
あの「哀愁」の冒頭、出陣に先立ってウオーターロー橋に立寄る、クローニン大佐(ロバート・テーラー)が、自分の人生を回想する場面を、
この船のシアターに集まった、老人たちが見て感じる感想、として出てくる。

あの時代に青春を送った多くの人達と同様、「哀愁」を何回も見ている私も、実は最近また、この名画を何度目かに観て、幾つか感じる事があった。
特にこの冒頭の場面には思い出があるので、書いて置きたい。


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40年前に私は始めて機会を得て、ロンドンに行った。
その時に、私はロンドンに到着し、ホテルにチェックインし、荷物を解くなり、真っ先にしたことは、ウオーターロー橋に向かったのであった。
勿論、「哀愁」の思い出の場面をこの眼で見る為である。


ところが、地図を頼りに辿り着いた橋は、私の記憶の中にある、あの映画の場面の橋とは、全く違うのである。
実は、その前年に“二人のピアニスト”も、ロンドンに始めて行き、ホテルに着くなり、この橋に行き、感動した、との話を聞かされたのだが、橋が映画と違うとの話は無かった。 それ故にこそ、ピアニストも感動したのである筈である。
映画の記憶にある、あのガス灯の柱の立った橋との相違を納得できなかった私は、コンクリートの現代的な橋の上を通り掛かった初老の英国紳士に尋ねた。
「これは、本当にウオーターロー橋ですか」と。  相手は応えた。


「貴方は,、映画『哀愁』で見た橋と違うので心配しているのだろうが、これは間違いなく、ウオーターロー橋である。
映画に描かれていた橋は改築されて現在の姿になったが、昔の橋のあのガス灯の柱は、この橋の下に降りれば川の岸辺に保存されているから、見ることが出来る」

と教えてくれた。

何の説明も無しに橋の名前を聞いただけの私に、これだけの説明をしてくれた、あの紳士は今にして思うと、大した人物だったと思う。
が、その時には私は、唯、間違いなく「哀愁」の現場に居る事を確かめたい気持だけであったので、その紳士とは、それ以上の会話は持たなかったのが、残念である。


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英国での用件が終わり帰国すると、映画館で「哀愁」が掛かっていた。
既に何度か見た映画であるがロンドンで現場に行ってきた、という感動があるので、飛び込んで観た。

何と、映画の冒頭、及び、最後の場面。 出陣に先立ってウオーターロー橋に立寄るクローニン大佐が、自分の人生を回想する場面に映る橋の姿は、私が先日ロンドンで見てきた橋である。
そして、物語の進行の途中に写る橋は、第一次世界大戦の時代であるから、あのガス灯の柱のある欄干の、昔の橋である。

それ迄に数回見ていながら、私はこの事に気が付かなかった。

あの英国の紳士は、「お前が注意深く映画を見ていれば、分った筈だが・・」とは云わなかったが、心の内では思ったことだろう。
恥しい事であった。 [註:二人のピアニスト君だって、気が付かなかったのだから、ザマア見ろ、である]

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処で、本題に戻る。
今回また「哀愁」を見て、またも、今迄気が付かなかった部分が在ったことに、初めて気付いた。
主人公の女性マイラ(ビビアンリー)が、誤報と生活難に追い詰められて、恥しい生活をしたことに付いての、周辺の人物たちの対応の描写、に付いてであるが、長くなるので、此処では詳細は省略する。

非常に大事な処で、前回は見落としていた所に気付く、という事が、今後もまだまだ有るのであろう。
{前々回の記事:★感度の有無 (8):人類の限界:[2006/10/25] 、に書いたように}

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