(独り言53)「再審決定」

 「再審決定」                     80.12.27

★ 12月12日に、免田事件の死刑囚に対する再審が確定した。
翌13日には、徳島ラジオ商殺し事件で既に服役を終え、昨年病死した被告に対する再審が決定された。

これらの再審が決まるまでの時間の長さもさることながら、とくに後者では、死後にようやく、冤罪を晴らすことができたのは痛ましい。

事件を担当した判事・検事は、建前としてでなく、どこまで本当に被告の有罪を信じていただろうか。
真実よりも、法の威信を大切にする気持ちが、多少とも有ったのではなかろうか。



 権威ある学術雑誌に論文を提出すると、それはレフェリーと呼ばれるその分野の専門家に送られる。
レフェリーは論文の内容の学問的な価値判断をして、それを雑誌に掲載すべきか否か、を決める。

神ならぬ身のレフェリーが、ときに誤った裁きを下すのは避けられない。   学問の歴史を変えた有名な論文が、最初に提出した雑誌のレフェリーに退けられた例は、いくらもある



★ それほどの大論文ではないが、大理論天文学者ホイルも、過ちを犯した。
ケンブリッジ大学のフェローシップ審査に、応募してきた一人の学生の論文について、意見を求められたホイルは、よい評価を与えなかった。

学生は都落ちし栄光への道を外れた。
20年以上もの後に、時の話題となったカニ星雲の電波が、まさに学生の論文に書かれていたとおり、シンクロトロン放射によること、が明らかになった時、 ホイルは苦い思いを噛み締めた。
 



★ H君は大学院博士課程を終了して、あとは論文が一つ学術雑誌に掲載されれば、博士号が貰えることになっていた。
レフェリーはH君に好意を持っていなかったため、何度も原稿の書き直しを命じた。
2年がかりで、数度の書き直しの後、掲載OKが出た原稿は、最初のと同じものになっていた。
H君の学位授与の1カ月前に、父君は病死した。
H君は今もこれを心の痛みとしている。


★ ホイルの落とした学生が、もしケンブリッジで地位を得ていたら…。
あるいは、ホイル以上の大物になったかも知れない。
あるいはノーベル賞を得たかもしれない。


私は依頼される論文のレフェリーを、半数は断っている。



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註記:「私の独り言{前置き[1]}:2005/4/21」に述べた理由で、このシリーズの記事を多数並べているが、これらの中で筆者として最もお読み戴きたいのは、次の2編です。
◎[11]私の独り言{明治生まれ:1979/5/26}[2005/7/6]
◎[9]私の独り言{血税の使い方:1978/4/5}:[2005/07/04]
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