裁判員制度(2)

今回の元裁判員の起した訴訟に付いての、法律関係者の談話
        を見ると、前回記事に私が書いた通りの、
        司法関係者の独善、思い上がりが見える。
   例えば、船山泰範・日本大法学部教授(刑法)は、
  「裁判員制度は市民の法律に対する意識を高めるために重要。
   裁判員がストレスを感じるのであれば、裁判員裁判の対象
   から残虐な事件を外し軽い事件にすべきだ」、と言っている。

しかし、裁判員制度の誕生は決してこうした法律屋の発想ではなく、
   社会の冷たさと弱者の痛みに涙した好人物の善意から提案
   されてきた、のが、恐ろしい。
その好人物とは、今月亡くなったばかりの中坊公平氏である。
   1955年に発生した森永ヒ素ミルク中毒事件、住専不良債権
   処理問題、香川県豊島産業廃棄物処理などで、あまりに
   有名だった中坊氏が、90年代初めに日弁連会長として旗を振った
   司法改革の運動の一環に裁判員制度の導入があった。

産廃問題では、住民に自ら立ち上がらなければ権力機構は動かない
   と説き、「観客民主主義」を批判し、先頭に立った中坊氏。
  「世の中で一番価値のあるものは、想い出」、 と書き残した
   という中坊氏。
善意の代名詞のような中坊氏の造り上げた裁判員制度の
   被害者女性が訴訟を起こした日の、一日か二日前に、
   中坊氏はこの世を去ったのだ。
神ならぬ有限者の人類の発想は思いも掛けない方向に
   結果を生み出すことがある一例である。

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