日米開戦70年(2)

日本をあの戦争へと導入した政治家、官僚が無見識だった
  のは勿論だが、そのうえ彼等の戦中・戦後の言動
  を見ると、無恥で無責任な者が多かった。
それに対して戦争を避けるように主張した人達は皆、
  心ならずも突入した戦争の最中でも、国のために
  最善の途を求めて誠実な努力を重ねた

その中でも最高に評価されるべき1人は、硫黄島守備隊の
  最高指揮官だった栗林忠道中将で、この人は
  米国での評価も、日本軍人の中で最高である。

栗林中将についての本で、従来良く知られているのは
  ▲① 上坂冬子著「硫黄島いまだ玉砕せず」(1993)
  ▲② 梯久美子著「散るぞ悲しき」(2008)
の二冊、があるが、昨年
  ▲③ 栗林今井顕彰会編
        「栗林忠道・今井武夫物語」(2010)
が出版された。 3冊とも、取上げた内容とか、記述の
  視点には相違があって、それぞれに面白い。

   ★ ★ ★

世間的に最も話題を呼んだのは▲②だが、
  それは、映画(硫黄島からの手紙)のためであり、
取材の透徹さでは▲①の上坂の本が優れている。
それらに対して、▲③は、栗林の出身地、長野(信州)
  の関連記述にバイアスが掛かっている。

昔から信州は、貧しい土地柄と教育熱心なことで突出
  しているのは各種データで知られており、そのことの
  表れとして、信州の人は真面目で不器用なので、
  戦前に満蒙地区に行った人数は、日本国内でも
  断然に多く、戦争中も要領よく兵役を逃げたり
  せずに、  生真面目に戦った土地柄である。
     このことは、現在放送中のNHKの
      朝ドラ「カーネーション」と、前回の「おひさま」
      とを対比すると、明確に現れている 

その様な地域で生まれ育った栗林が、陸軍士官学校、
  陸軍大学を最優秀な成績で卒業し、米国と戦えば
  負けると見通して、開戦に反対した。
然しながら一旦戦争が始まってからは、太平洋戦争中
  を通じて、米軍側の死傷者数が日本人のそれを
  上回る唯一の戦場となった硫黄島、の戦争指揮を
  して米軍を恐怖せしめたことは、
        以前から、私は知っていた。

しかし、栗林以外にも、今井武夫北村勝三少将(191頁)、
  といった超弩級の人物をこの土地が輩出していたこと、
  そしてその事績を、私は全く知らなかった。
▲③を読んで、軍人であるこの人たちの行った、(現在の
     日本では政治家でもやらない、平和に向けての)
  働きの、歴史的事実、を多く教えられた。
  日本中に知っておいて貰わなければならない、
  埋もれた歴史を作った人達である。

   ★ ★ ★

▲①の著者、上坂冬子は終戦直後に新人賞を受賞
  してから、没後に出版された「老いの一喝」までの
  作家人生で、多くの話題作を産み出して、それに
  伴っていろいろな機会に経歴が述べられていた。
だがその何処にも、長野県との関係は一行も書かれ
  ていない。 その理由についての私の勘繰りは、
  此処には省略する。
  江崎玲於奈氏もノーベル賞受賞後も長い間、
  最初の就職先の会社名を履歴に書かなかったのと
  似ている。
しかし、現実に彼女は若い時に長野市に暮らして
  いて、しかもY君は会っている


上坂の父君は、戦争中の一時期、長野に居て
  ▲ 出逢いの問題 (8)終章(続):O君の評価:[B-16]
に書いてあるO君、の父君の部下であったし、
  彼女自身は、昭和20年ごろには、Y君の母
  と親しい長崎家に下宿していた。
  恐らく父親が転勤して、彼女は学校の区切りが
  つくまで長野市に残っていたのではないか、
  と想像する。

長崎家の子息が昭和20年に出征するときに、生還を
  期せないと思って、  蔵書の寺田寅彦著作集を、
  Y君に渡した。 Y君がそれを受け取りに、長崎家
  に伺ったときに、二階の廊下でY君は
  彼女と会っている。

また、上坂が作家になってから、珍しく長野関連の
  話題を書いたのが、堀直虎の事績について
       であるが、現地で事績を調べるために
  須坂市本郷町(旧日滝村)を尋ねた時に、
  (日滝史跡保存会)の梅本真司氏が上坂を案内
  してくれた、と彼女の本の149頁に書かれている。
  梅本氏は、日滝村に嫁入りしたY君の叔母夫婦
  の仲人であり、その家と隣接している。

   ★ ★ ★

私共の仲間たちは、偶然と言うには余りに驚くような
  出合い
を、非常に多く経験している。
例えば、Y君が幼い時に祖父の家によく遊びに
  行っていた時に一緒に遊んだに違いない女性、
  それも現在は米国に住んでいる老女と、
  数年前にメキシコリビエラでのクルーズ船で
  偶然会って、しかも数百名いる乗船客の中で
  偶然に会話を交わして、それが分かったこと、を:
   ▲海外旅行(3):[C-106][2005/11/7]::
に書いた。 その他にも、
   ▲因縁?仏縁?:[C-149]
   ▲人生の確率計算:[C-179]
のようなこともあった。

数年前にそのような出合いの不思議を意識した時に、
  何故神様は私たちに対して、この様な奇跡的な僥倖
  数多く与えて下さるのだろうか、と訝った。
  今にして思えば、上坂氏とY君の関係も全く驚き
               であるが、これも含めて、
  スモールワールドネット・ワークの考えかた:
   ▲人智の限界・超科学:[C-2]: [05/04/11]
で理解できることなのだろう。

  メキシコシテイで誰かがクシャミをした効果で
     ニューヨークに嵐が生じるようなことは、
  線形数学の常識では全く考えられないことだが、
  非線形の効果が、恐ろしい「一見、偶然」を産む
  ことが、20世紀後半の科学で指摘されるようになった
  (マーク・ブキャナン:「複雑な世界・単純な法則」、
          に分かり易い解説がある)。

猿には理解できないが人間には分かることがある
  のと同様に、人智の常識は超えているが、もう一つ
  上位の知的生物にはよく分かる何かがあるのだろう。

そうは思っても、私が読んだ硫黄島の著作物で
  最も感銘の深かった▲①の著者である上坂氏
  (それも、自身は長野に居たことがあるのを
   書かないのに)、 と些かのご縁があったのは、
  まことに不思議な感じがする。

   ★ ★ ★ ★ ★ ★

日米開戦70年(1):[C-265]
日米開戦70年(3):[C-267]

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