60年前の回想(3)

上坂冬子の著書、『老いの一喝』、の「年を取るのも悪くない(p.52)」
            にある話を読んだ。
上坂氏が未だトヨタ自動車の新入社員だった頃の、
       昔の世相を思い出す心境が描かれている。
  戦後数年間の “あの時代” の世間、には、
     今の若い人たちの理解、を超えた空気が流れていたし、
     その時代を生きてきた上坂氏でも、
     最近のある出来事があるまでは忘れていた世相だった。
ご飯時に父親が末っ子のどんぶりと自分のとを見比べての不満げな表情の記述なども、当時の食糧難などを知らぬ現代人には、理解できないだろう。
上坂氏は右派論客であり、その所説に対しては、
     思考的左翼の私には、同感出来ない部分が多い。
にも拘わらず、「よく書いてくれた」、と思う文章もあるし、
     この、「年を取るのも悪くない(p.52)」、も、そうである。 

★ ★ ★ ★  ★ ★ ★ 

「流れる星は生きている」というと、藤原ていのベストセラー小説を思い出すが、
同名の古いフランス文学作品を昔読んだように、記憶する。
フランス革命後に、国外脱出する同国人たち。
  嘗ては政治的主張の相違で争った人たちが
  歴史の流れの中で、共に国外に脱出していく道中で、
   過去を語り、論争する物語である。
上坂氏の文章を読んでいて、それを思い出していた。

          ★ ★ ★

太平洋戦争中のことを今の人達は知らない、とよく言われるが、
      結構いろんな話が、戦後派にも伝わっている。
 終戦については、例えば、▲ 終戦62年と柳澤恭雄氏の死 :[A-62]、
   のような話も、割合知られている。   むしろ、
 戦後数年間の方が、現代人には知られていない
       のではないか、と私は思う。

戦後の労働運動華やかな時代の世相、を記述した
       ブログ記事を、 私は見た記憶が無い。
それは、あの時代を知る世代の人たちは、現在では生存者も少ないし、
    若し存命であっても、PCを使ってブログを作る
    ような人は殆ど居ないだろうから、当然である。

 僅かに、記憶に残るのが、晩秋氏の
        ▲[L-9]: ブログの存在意義
である。
この晩秋氏の記事に述べられているような予備知識
     が無いと、 上坂氏の話は理解できない。

★ ★ ★ ★  ★ ★ ★ 

なお、少し脱線するが、晩秋氏のブログには、彼の高齢ゆえの存在意義が有る。
先月そのコメント欄で、ドラマチックな出会いの面白い場面を見せて貰うことが出来たのも、その辺が機縁になっていた。 
ある女性がブログを辿っているうちに、晩秋ブログに
  行きついたために、彼女の義父と面識の有る
  と思われる老人ブロガーのエントリーに記載
  された事実を知ることになる。
女性としては、戦前派の義父がシベリアに駆り出される
   以前の、学生時代を共に過ごした古代人が作る
   ブログに驚いたようだが、その後更に、実に不思議な
   経緯で、彼女自身の祖父も、この老人ブロガーに、
   縁のあること、が分かった。
晩秋ブログで経緯を見ていた人たちも、世間の狭さに驚いたろう。

★ ★ ★ ★  ★ ★ ★ 

さて、脱線したが話題を戻して、
    戦後の世相に関する、上坂氏の文章を見よう。
 上坂氏が、文筆の世界に入るきっかけは、
 戦後混乱期の、彼女の実見したトヨタの労使関係の記録の文章が、
   掲載された雑誌の新人賞、を受けたことによる。
   賞の選考委員の一人が後に、上坂氏に漏らしたところによると、 「特に文章や構成が巧みだったわけでないが、
あの重要な時代を記録したモノが少なかったので、希少価値があった」 のが、授賞理由、なのだという。

朝鮮戦争特需で息を吹き返すまでの混乱した時代の人々は、記録どころでなかったから、
       (上記の晩秋氏の記事と同様に)、
   若い女子事務員の目の前で繰り広げられた現象の話も、
       現代人には初めて知るようなこと、が多いだろう。

病床でのトヨタ副社長、の書きとらせ原稿:
 「(こんなことを言って、良いか悪いか、は別として)、
 私は本当のところ、朝鮮動乱を耳にした瞬間、天はトヨタを助けてくれる。
 これで運が向いてきた。 身体に筋金が一本通った思いがした」
 という言葉が、当時の真実を雄弁に語っている。

          ★ ★ ★

「会社を潰しても、労働者としての正義を守れ」、
       と言わんばかりの、日産労組と、
第二組合的な、穏健な考え方が誕生したトヨタとの差が、
   その後の両社の企業成績の差、を生んだ、 のは、
      上坂氏の書いている通りであろう。

それは、トヨタには、戦時下に海軍兵学校、陸軍士官学校、で学んだ人たちが多く居て、 暴走勢力を止めたためであり、
 「流石に戦争に対する訓練を受けた人は機を見るに敏だ」、
     と、当時の上坂嬢が、書いている通り、であったろう。

 私がこのように考える一つの根拠は、
       ▲60年前の回想(2)
に書いたように、K社が折角、日本の会社としては一社だけ、
 RCAと技術提携をしたというメリットと、
 後々まで語られた抜群に優秀な技術者陣容、を
活かせなくて、最終的には同業他社に吸収合併
 されてしまう無残な敗北をした経緯
     を見ているからである。
それは、一つには経営者が無能だったこともあるが、

もう一つの、大きな要素が、K社の労働組合委員長が
  悪名高い社会党員T、であったこと
、 による。
 Tは旧社会党の横暴実力者として、関西地区で有名であったが、
 彼の存在が、同業の中では有利な条件にあった
   会社を破滅させた。  日産労組が、社業を、
   トヨタに敗退させたのと同様である。

          ★ ★ ★

当時はTに限らず、左翼指導者には、同様な手合いが多かった。
彼らが、戦前からの優れた国鉄、郵政の
  労働慣行を破壊して、国鉄駅長、郵便局長の
  指導力をめちゃめちゃにしたのは、
  朝鮮戦争が始まるまでの世相、を知らない世代
    には、理解も、想像も、できないだろう。


東芝だって、歴史記録に残る物凄い労働争議、が
    有ったではないか、 と言われそうだが、
 東芝が其処で生き残ったのは、
 K社と違って、経営者が良かったからであった。
しかし、当時は次に潰れるのは東芝だ、というのが
  世間の常識であって、 “危ない会社”、
    という言葉が、東芝の代名詞であったし、
    そういう書名の本も、出版されていた。

上坂氏の処女作は、その様な記録の乏しい時代、なるが故に受賞した、
   というのは、 私などの世代には良く分かる話、なのである。
私自身は、現在の選挙演説などを聞きに行くと
   最も共感できるのは、共産党乃至は社会党議員の発言である。
   然しながら、投票は絶対に、これ等の政党には入れない。
論理的でない、と思われるかもしれないが、 ・ ・ これが
   あの時代を通じて得た、生きた教訓の結果
、 である。

          ★ ★ ★

歴史を振返ってみると、
   人類は何度も同じパターンの間違いを、繰り返しているのが分かる。
比較的最近では、過去一世紀に亘る共産主義社会、の興亡である。
   半世紀前の世間の常識は、
     {頭の良い若者は共産主義に共感し、
     体力のある若者は、政治・経済・文化は無関心だ}、
     というものであった。

   ▲60年前の回想(1)、 に書いたように、
朝鮮動乱で、日本社会の経済も、世相も一変した。
   日米安保に反対して、連日 “岸を倒せ”、と叫んで、
   国会周辺にデモに出掛けていた私も、
   就職出来るようになった。
当時の共産党、社会党の行動を、身をもって見てきた世代は
     これらの政党と、距離を置くようになった。

K社の実質的倒壊者であった労組委員長Tも、次第に力を失い、忘れられ、今はない。
似たような人物、NHK労組の委員長Uは、当時の社会党有力者であって、 給与所得者として常識では考えられない豪邸を建てて猛威を振っていたが、
  いつの間にか社会党からも弾き出されて、現在はどうしているのか知らない。

この様な歴史的現実を見てきたから、
現在でも言葉としては、これらの政党と全く同じ主張をする、老人たちの多くが
      支持政党としては、全くこれらを支持しないため、
      現在のような政治状況(社民党支持2%)が、定着することになった。

なお、左翼横暴の他に、法科優遇も、問題だが、これは現在でも残っている。
   (一例として、▲ 強姦常習者の放置 [L-15]、にあるように)、


★ ★ ★ ★  ★ ★ ★ 

上坂冬子の『老いの一喝』(平成21年5月、産経新聞出版)は、
   その没後に出版された、上坂氏の最後の著書、であり、
   ガン再発から死を見据えての著述文集であることを思うにつけても、
   感動的な記述が、多く散見される。
読書家でない私は、纏まった成書として読んだ上坂氏の著書は、
   「硫黄島いまだ玉砕せず」(1993年、文芸春秋)、だけであった。
   これは大変に感動した著書であった。
   硫黄島の戦記は何冊か有る中で、
   硫黄島に生涯を捧げた和智恒蔵の住所に、私は
         些かの地縁があったこともあるが、
  それ以上に、取材の徹底さが、読んでいて納得させられる。
          ★ ★ ★
上坂氏の父君は、長野県の特高課長であったので、
       O君の父君の部下であったし、
上坂氏が長野市在住時に居た長崎家は、Y君の実家と親しく、
 其処の子息は昭和20年に出征するときに、生還を期せないと思って
  蔵書の寺田寅彦著作集を、自宅でY君に渡したときに、
Y君が上坂氏に会った可能性もあるから、我々も些かの生前のご縁もある。

この本で、思いがけず、須坂市本郷町(旧日滝村)
     という懐かしい地名に出会い、
    堀直虎の名前を見掛ける(149頁)のも驚きであったが、
上坂氏を案内した梅本真司氏(日滝史跡保存会)は
    日滝村に私の叔母が嫁いだときの、仲人である。
 晩秋ブログの話ではないが、ここでも再度、世間は狭いと思わされる。



            ★ ★ ★ ★  ★ ★ ★ ★
◎「60年前の回想」、記事リストと、 ◎異種・同様なリスト、 の紹介が、
▲[C-211][2010/4/27] 60年前の回想(9)     の文末にある。

この記事へのコメント

Mariko
2010年04月08日 04:16
4月8日、という日が、どんな日か、若い人は知らないのでしょうね。 この日に、こんなトラックバックを入れると、死んだあとで地獄に堕ちることになります。
あなたのお母さんも、それを教えなかったのでは、地獄に行っているでしょうね。

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