秋の叙勲に思う

今秋の叙勲対象者名簿を見ると、
   旭日中綬章の受賞者は、
     殆ど全員が、県議、市議である。


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恒例の通り、本日、文化の日に、秋の叙勲が発表された。
佐久間先輩は毎年、春秋の叙勲にかなり拘っていて、
今迄にそのブログに、関連記事を幾つか書いてきた

: →
   ▲「人間の評価」に就いて(2)極端な事例 
に、国への貢献度で決めるべき叙勲の評価が、杉原千畝氏、旧社会党議員の扱いに見る通り出鱈目であることを指摘、

   ▲「人間の評価」に就いて(3) 
に、名を惜しんで、叙勲を断った人達の事を書いた。

   ▲「人間の評価」に就いて(4)春の叙勲 
では、最上位の桐花大綬章の受賞者が村山富市氏であることを批判。

   ▲人間の評価に付いて(6)秋の叙勲
には、受勲者選考のウラを勘繰っている
以前の叙勲では、県議でも中授賞は考え難かったのに比べ、この回は市議、村長が、中央官庁事務次官クラスの名前と同列に並んでいた。
佐久間氏は県議、市議は中央官庁の次官より下の筈だといっているのではない。
例えば、小綬賞の二葉百合子さんの歌った「岸壁の母」が、半世紀前の日本国民を励ました功績は、中綬章を受賞した、何処かの名前も知らぬ市の市議さん、よりも大きかったのではないかと、述べているとおりである。
そして、佐久間氏は、市議・市長の肩書きの人の数が、毎回少しずつ増えているのは、
   「裏で、あのような事」、があるのではないか、
と「下司の勘繰り?」、をしたくなる
、と述べていた。

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ところが何故か、今春は佐久間氏は沈黙したので、私が書いたのが、
   ▲ 「美しい国」への提案(4) 叙勲の話[a]
である。
今春3/23に亡くなった城山三郎氏は「男子の本懐」、「落日燃ゆ」等の「志」を謳い上げた作品で知られるが、
城山氏ご自身が叙勲を拒否し続けただけでなく、
同じ「志を持った財界人」として題材に選んだ、
   ▼中山素平氏、▼石田礼助氏、 も受勲を拒否、
   ▼石坂泰三氏は「後継の経団連会長が困るから」と
       嫌々ながら叙勲を受けた
 、などのことを書いた。
石田礼助氏を例に見ると、元国鉄総裁で、瀕死の危機にあった国鉄を再建した石田氏が叙勲を拒んだのに、旧国鉄を瀕死の事態に追い込んだ側の、旧社会党員は全て叙勲を受けていること ・ ・ ・ ・ ・を書いた。

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処で、今秋は佐久間氏は、叙勲が公表される前に
   ▲人間の評価: (7)秋の叙勲・栗林忠道②
   ▲人間の評価: (7)秋の叙勲・栗林忠道①
を書いた挙句、間も無く秋の叙勲が発表されるのが憂鬱だと述べた。

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そして本日今秋の叙勲対象者名簿を見ると、
     案の定というか、前回よりも酷い。
旭日中綬章の受賞者は、
     殆ど全員(94名中67)が県議、市議である。


元大使達とか、元県がんセンター総長とか、元原子力安全委員会委員とか、東京大学名誉教授とか、の人々が瑞宝中綬章であるのに、
その上位のところに、県議、市議が並んでいるのは、
従来に例を見ない珍事である。



以前に佐久間氏が書いたように{▲人間の評価に付いて(6)秋の叙勲}、
以前は県議でも中授賞は考え難かったのに比べ、今回は多数の市議が、中綬賞でも最上位の旭日賞に並んでいる。

このような現象の背景として、佐久間氏が
『県議・市議の肩書きの受勲者の数が此処3回ほどは、毎回少しずつ増えているのは、裏で、「あのような事」があるのではないか』、
と述べているあたりが気になる。
私が佐久間氏の「下司の勘繰り?」、に注釈を付けると、

代議士が政府に働きかけて、自分の選挙区の地盤固めに利用した、ということ、だと思う。

市会議員などの受勲者数が非常に増えているのは、
 小選挙区制度の影響で、地元ボスに恩義を売るべく代議士が動いた、

   と考えると分り易いであろう。

私は元オーストリア大使の方が市議よりも偉いだろう、と言っているのではない。
市議にだって社会的に大変な貢献をすることが有り得る、のは分る。

但し、これだけ雁首を揃えて、
   旭日中綬章の受賞者は殆ど全員が県議、市議
というのは、矢張り異常だと思う。


 それだけ市議が偉い人が多いのに関わらず、
前回佐久間氏{▲人間の評価に付いて(6)秋の叙勲}が書いたように、

それだけ多数の市会議員の受勲有資格者が有るのならば、
人数的に議員よりも遥かに多い筈の、八百屋さん等、商店主の受勲者がが居ないのは、何故だろう。



叙勲は、霞ヶ関の所管官庁の評価で決まる。
それが無見識でも官僚が決めるのならばまだしもだが、政治家の私利で振り回されるようになったら、最早日本は法治国でなく、ヤクザ社会である。
国民が決めるのでもなければ、歴史家や、有識者が決めるのでもない勲章は、受勲者のためにあるのでなく、与える人間のために在る、と誰かが言っていたが、
そうしてみると、国民栄誉賞を二度断ったイチロウは本当に偉いなあと思う。

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