[49]「終戦日に想う」に思う

久々に今回は、旧記事の再録でなく、2005/8 の感想文である。
Cogito ergo sumu ブログの記事「「終戦日に想う」に次の短歌を見た。

 あなたは勝つものとおもってゐましたかと
   老いたる妻のさびしげにいふ 
(土岐善麿)


★ひと様の文章に注釈を付けるなどはお節介だが、日米が闘ったことを知らぬ人が38%という日本人の現状を思うと、若い人にこの歌を理解して貰うためには当時の世相の説明が必要だと感じる。
その説明は、今此処に書く私のこの文章の前置きとしても必要なのだ。

靖国問題その他、60年前の戦争を「印刷物」でしか知らぬ人は、あの戦争は帝国陸軍とか一部指導者が起こしたもので、一般国民は「赤紙」(徴兵令状)一枚で参加させられたり、学生が学業半ばで戦場に赴かされたりで「不本意だった」、と考えていると思う。
第ゼロ近似の話としては、その通りである。  それゆえ、当時の事を文章に綴る人は、その様に書くのである。   しかし実態というか、社会の空気は「印刷物」で仕入れた知識だけしか持たぬ人が思い描く所とは大差があった。 
『風にそよぐ葦』を書いた石川達三が「葦をなぎ倒した風」を軍部ではなく、大衆世論だと考えていた通り、多くの人は米英打倒の夢に酔って、戦争は勝つと思っていたし、

「この戦争は負ける」などとは、親戚・友人の前でも、絶対に言う事は出来なかった


文頭の短歌は、その様な時代背景を知らなければ理解出来ない。
この事は、あの時代を生きてきた人にとっては注釈不要の前提であるが、また「印刷物」でしか知らぬ人には説明しても中々理解し難い。
夫婦の間での話しだろう、と気楽に言うことが出来るのは、あの時代を生の姿を知らない人である。

中国の文革のさ中で、子供が親を群集の前に引き出して三角帽子を被せて自己批判を強要したり、当局に訴え出たりの事が多く有った、のと同様の社会的狂気である。


上記Cogitoブログ記事に引用されている終戦の詔勅の一節も若い人には理解し難いであろう。
天皇は最高指導者なのだから「戦争は止めだ」と言えばそれで終わりだっただろう、と考えるのではないか。
実際は昭和天皇は開戦に至るプロセスでも乗り気でなく、また終戦に持ち込む段階でも随分とご苦労をされている。  其れにも関わらず戦争は開始されたし、終戦を実現するのは大変に困難な作業であった。  昭和天皇が終戦への第一歩として鈴木大将に総理大臣を押付けるために苦労された話を、私は最近になって初めて知った。


★「原爆など落とさなくても間も無く日本は負けるに決まっていたのに」などというのは誠に気楽な、物知らずな現代っ子の言い分である。
実態は、二人のピアニスト・ブログの記事、「原爆60周年」に在るとおりである。


これだけの前置きを置いて、この記事の主題に入る。

戦争中にラジオでよく流されていた歌謡に「太郎よ。お前は良い子供」と言うのがあった。
不確実で恐縮だが、その2番か、3番かの歌詞に、「太郎よ。お前は良い子供。 早く、大きく、強くなれ。
お前が大きくなる頃には、日本も大きくなっている
というのが付け加わった。  当初は無かった歌詞だと記憶する。
学歴も無い、田舎の主婦であった私の母がラジオから流れるこの歌詞を聴いて、あれ、あんなことを言っている」、と私に耳打ちしたのが強烈な印象を伴って、明確な記憶として残っている
領土的野心は無い、侵略戦争でない筈の戦争。 絶対に負ける筈の無い戦争。 に対して、密かに疑問を抱いていたのが、文初に引用した土岐善麿氏の奥様であり、私の母であった。


★ 「一般民衆は戦争に反対であった」、などと言い切るのは非常に危険である。   親子でも、夫婦でも、「この戦争は負けそうだ」と言えないような社会は、文明の発達した現代でも決して希なのでない。
上に述べた戦争中の日本。 ナチス政権下のドイツ。 文革時代の中国。 そして現在の北朝鮮。 しかも、それらの社会は戦争で制圧されて心ならずも押付けられた政治体制でない。

寧ろナチス・ドイツなどは民衆の熱狂的支持の中で誕生した。  論理不感症の民衆が突っ走る時に所謂、民主的手続きは暴力装置に大義名分を与える方便になってヒットラーを助けた


私は、2005年8月の日本の政治情勢で、小泉支持の民衆が50%を超えている状態というものが、何とはなしに、ナチスを生み出した時点のドイツと似ているように思えて不安である。


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註記:「私の独り言{前置き[1]}:2005/4/21」に述べた理由で、この記事の前後には古いコラムの文章を多数並べているが、これらの中で筆者として最もお読み戴きたいのは、次の2編です。
◎[11]私の独り言{明治生まれ:1979/5/26}[2005/7/6]
◎[9]私の独り言{血税の使い方:1978/4/5}:[2005/07/04]
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この記事へのコメント

Alps
2005年08月17日 14:18
TB有難う御座いました。
日本の戦後も60年の還暦を迎え、戦争体験の風化が盛んに言われるようになった。戦争を知らない人々が増えてくる中で、60年という歳月の経過だけで心に刻まれた戦争の傷跡が風化するのだろうか。そんな風潮が次の危険を生む温床になることを恐れる。
2005年08月19日 21:42
政治もマスコミも、又国民も
流されているようですね。
心配です。

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