(独り言12)「伝承の難しさ」

(独り言12)「伝承の難しさ」
             78.4.26
★ 駅の売店などで売っているみかんを入れた網袋は、どのような方法で作ったものだろうか、と
その実際を知らぬ科学者が、あれこれ想像力を働らかせる過程を、ある雑誌に書いている。
あえて工場に聞きに行かず、自分で推理を楽しんでいるのは、推理の遊び自体が目的だからである。


★ 今春の入試の後で、某大学工学部のA教授に聞いた話。
 受験生200人の部屋を、A氏は助手のB君C君と3人で監督した。
 試験時間が終り、解答用紙を集めて枚数のチェックをしたが、B、C両君の作業がひどく遅い。
 見ると、積み上げた答案を一枚ずつ数えている。
A氏は銀行員がお札を数えるような具合に、200枚の用紙をトントンときれいに辺を揃えてから、はすにしごいて辺を斜めにずらし、指先で5枚、10枚とまとめて数えたので、速度に差がついたのであった。

 「こうすれば速いですよ」A氏がいったら、B君は明らかにいやな顔をし、C君はまるで聞こえないふりをしていたという。
紙の数え方程度のことで世話をやかれたのが、博士号を持つ若者のプライドを傷つけたらしい。



★ 私が働いていた組み立て工場では、微小なビスなどの部品を数えるとき、4個ずつまとめて計数した。
 大卒の新入社員も実習で、現場の工員さんから、まずこの種の訓練を受けた。 
銀行でも新入社員教育として、同様な札束の計数法を仕込む。
 一枚ずつ数えるよりも、その方が能率的であり、また間違いが少ないことを、経験で知っているからだある。

会社の仕事は生存競争であってお遊びではないから、各自の自得を待たず先人の知恵をフルに注入する


★ 戦後教育で強調されたことの一つに、自らさとることの重要性がある。 みかんの話のように自力で考えること、確かにそれは大切である。
 が、もし先人の経験を活用せず、すべてを自分で覚えることにすれば、人類は野蛮人の域を脱し得ず、文明の開化はなかった。
 先人の知恵の伝承を今日ほど軽んじて良いものだろうか。

 乗物待ちの行列を乱す若者がいる。 降りる人がいるのを構わず乗り込む若者がいる。 大股を開いて座席を占領する若者がいる。
そのようにしない方が社会の効率が良い、というのが先人の知恵であった。
その伝承はいま滅びつつある。



★ 伝承には、受け入れる側の謙虚さとか、経験者に対する敬意が必要である。
先輩とは物理的に何年か早く生まれたというだけのものではあるまい。

 近頃は学校でしつけの厳しい先生に対し、社会的な風当たりが強く、事なかれ教師が増えた。
 その結果、思い上がった若者が多くなったのではないだろうか。


★ B君やC君はある意味で現代教育の犠牲者である。
 職人さんの、いや相撲部屋でさえ新人教育は、はれものにさわるようだという。
 今後BC君型の若者が増えるだろうが、工業教育において、
教科書の行間に埋もれている種類の技術伝承
は大丈夫だろうか。

 精神の伝承はさらに難しい。
 話題の「ルーツ」のテレビ放映を見て私の感動したのは、そこに描き出された、何代にもわたる”魂の伝承”の姿である。
クンタ・キンテの墓碑銘を娘キジーが書き改める場面を、私は忘れられない。
 
 

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