変人キャズ

アクセスカウンタ

zoom RSS 旧制高校の話題(1)

<<   作成日時 : 2013/08/08 18:24   >>

トラックバック 0 / コメント 0

旧制高等学校に関する特定の話題を記載、または引用してある記事を参照
する時の便宜のために、本記事を用意する。 私や晩秋君のブログを見た人
に教えられて、最近出た本「旧制高校・真のエリートの作り方」を知り、
これを読んで、話題の豊富さを見るに及んで、
本記事のようなものを造って置く必要性を感じたからである。
     以下では、旧制高等学校を(旧制高校)と略記し、
     本記事中では、 旧制高校に関する本の書名も:
「旧制高校・真のエリートの作り方」   (喜多由浩著、
     2013年7月25日、産経新聞出版) → 「旧制高校・産経」
「旧制高校物語」 (秦郁彦著、2003年、文春新書)
           → 「旧制高校・文春」
「かつて日本に旧制高等学校があった」(手束仁著、蜜書房)
           → 「旧制高校・手束」      のように略記する。

そして、これらの図書の内容に関係のある、晩秋君と私の
   ブログ記事の概略を、以下に公開日付順に纏めて置く

__________________________________________________

▲[L-112]  旧制高校の寮歌(1): [13/7/12] 、  の概略

{中略}。 今春、2013(平成25)年度の信州大学の入学式で、
旧制松本高校の寮歌の春寂寥が演奏されて、話題に。 {中略}。
その破天荒な試みを取り入れた理由について、山沢学長は、
「前身校の旧制松本高校の全人教育の伝統を誇りに」
   教育を行っていく心算だ、と述べている。 {中略}。
信州大学では専門分野に分かれる前の一年間を、
  俗に言う「基礎教育」ではなく、もっと学びの原点にある
  普遍的な視点、複眼的な学問を経験させるべく、考えている。
旧制高校の教育の真髄が、その寮生活体験にあるのは良く知られていた
   ことだったし、寮歌の意味も其処にあるものだった。
{寮歌で大切なことは、歌詞以上に、その歌われ方であった。
これに付いては、★旧制高校・晩秋ブログ挽歌:[C-155]}に書いてある。
__________________________________________________

▲[L-113]  旧制高校の寮歌(2): [13/7/14] 、  の概略

前回記事にある 「春寂寥」 は旧制松本高校・思誠寮寮歌である。
私が入寮してこの歌を教えられた時以来、疑問に思っていたのが、
「春寂寥の洛陽に、昔を偲ぶ唐人」とは、どのような故事なのか、
ということであった。 これに付いては、以前に
    ▲ 高校寮歌「春寂寥」(続):[L-75]に書いた事情がある。
★ ★ ★  引用紹介するのには、気持ちに抵抗があるが、U氏
  のことが書いてある {中略}。  ★ ★ ★  U氏は先月の旧制高校寮歌祭に参加して、若い学生たちの前で演台上に立ち、春寂寥を歌っている。 地元の出版物には、U氏が吉祥寺の街中をこの歌を謳って歩く、などのことまで書いている。 上の経緯からすると考え難いことだ。 でも所詮人間の生き様は{中略}。
この寮歌に付いては、▲ 高校寮歌「春寂寥」:[L-64]、および、
信州大学医学部同窓会:[C-229]、に述べられているようなことも。
__________________________________________________

★[C-315]  信州大学の快挙(1): [2013/07/15]  、  の概略

信州大学の入学式で、旧制松高の寮歌「春寂寥」が演奏されたことが、
旧制高校の寮歌(1):[L-112]、  に紹介されている。
  戦後政治の最大の過失は、旧制高校の廃止だったー{中略}、と。
▲ 60年前の回想(10):[C-212]
   に書かれている経緯で戦後日本の教育破壊が行われて
▲ 教育政策にモノ申す(1):[C-189]
▲ 教育政策にモノ申す(2):[C-190]
   のようなことにしてしまった半世紀だった。 今この時点で、{中略}
 それで、嘗ての旧制松本高校の産んだ人物の一例を紹介しよう。
▲ 60年前の回想(4):[C-205]
  に書かれている,『沖縄返還協定と「密約」』、の吉野文六氏、も
   旧制松本高校の卒業生である。 
   このような人材{中略}、を育てたのが旧制高校、であった。
__________________________________________________

★[C-316]  信州大学の快挙(2): [2013/07/15] 、  の概略

旧制高校・晩秋ブログ挽歌:[C-155]、 に、寮生活、寮歌の歌い方、
   が書かれている。 (其処には記述が無いが、時にストームの襲来や
   布団蒸しでの寮歌連唱など、それらを知らなければ、寮歌の意味が
   分からない状況、の幾つかもある)。   が、長文で、まとまりが悪くて、
   読み難い。  此処には部分的に引用して、その内容紹介をしておく。
「春寂寥」、は旧制松本高校・思誠寮寮歌で、その歌詞は、晩秋氏の 
   上記記事とそれに続く、 ▲ 旧制高校の寮歌(2):[L-113]、
に紹介されている
__________________________________________________

▲[L-114]  旧制高校の寮歌(3): [13/7/17]  、  の概略

60年前の回想(10):[C-212]、の経緯で、敗戦国日本の教育破壊が行われ、旧制高校施設が取壊された中で、旧制松本高校の跡地には{中略}。 それすらも存続が危うい状態に。
 ★ ★ ★   その現存する同窓会の会報に不満を感じる。 最近の同窓会報に執筆しているのは、私よりも何年か後輩の人達が殆どだ。 実はそこが嫌なのである。  ある趣味の会合で、数人の旧制高校卒業生たちが{中略}。 同様な「学歴に対する奇妙なプライド」は、私学、K大学の卒業生にも。{中略}。
 ★ ★ ★   旧制高校でも、昭和21年度の入学者以後の世代に、K大学と同様なタイプが。{中略}。 戦後日本を襲った、大インフレや食糧難の社会状況の中で、高校の伝統が消失。 生活を通じての「学問と対処する志向の伝承」 は、維持出来なかった。 {中略}。 旧制高校の同窓会誌に最近寄稿する人物は殆どその戦後入学世代である。
 ★ ★ ★  本質的なことは、“入学年次”でもなければ、“K大学”でもない。 {中略}。 戦後派旧制高校生に見る体臭の話の前提として、前回記事に、あえてU氏の話題を記載した。 私の嫌うのは“体臭”であって、戦後入学を非難しているのでないのを明確にしておきたかったからである。
逆の見方をするならば、「春寂寥」を歌えば誰でも嘗ての旧制高校出身者と同一の体質を保有する様になるわけではない。 {中略}
   ★ ★ ★ 旧制高校終末期に在学し、形式的には卒業者になっている人で奇妙なプライドを持つ人は、▲  学歴詐称:[L-8]、だ。
▲ お祖父さんの17歳の頃の話:[L-7]、の人も“K大学”である。
__________________________________________________

▲[L-115]  旧制高校の寮歌(4): [13/7/27] 、  の概略

往年のことを正確に伝えることの出来るのは誰か、について述べる。
「旧制高校・文春」、 「旧制高校・手束」 などの著者は、旧制高校終焉後に成人した人達で、 自身の体験を通じての書き物とは矢張り違うなあ、と感じる。
それでは旧制高校に在籍していた人の話を聞けば正確な情報が得られるのか、というとその様なものでない。 ▲ 旧制高校の寮歌(2):[L-113]、 ▲ 「おひさま」の話題(3):[L-92]、 に書かれているU氏の様な事もあるのだから。
 ★ ★ ★ ★ ★  矢張り調査する当事者の見識が大切。 例えば、▲ 学歴詐称:[L-8] 、に紹介されているけれど、実質的には嘘を吐いて妙に恰好をつける人もいるものだ。 {中略}。 一例を紹介しておく。  U氏が先月の旧制高校寮歌祭の演台上に立ち、歌っていることが上記記事に書かれているが、その時にほかにもう一人山田光雄氏が壇上で一緒に歌っている。 この人はU氏と同級であり、その父君がキュリー夫人の研究所で一緒に研究をしていたことにプライドを持って同窓会報に書いているのを見て、私たちは驚いたことがある。
 ★ ★ ★ ★ ★  キューリ研と言えば、湯浅年子氏の件があるのでY君は、山田光雄氏に問い合わせたが、その返信は、洵にそっけないものだったという。 {中略}。 この経緯をY君から聞いているので、寮歌祭でU氏と山田氏の二人が大学生たちの前で演台上に立ち、春寂寥を歌っていることに、ある種の蟠りを感じた。  お二人には、▲ 旧制高校の寮歌(3):[L-114]、にある戦後入学の旧制高校生やN大学生に近い体臭を感じた。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
旧制高校の話題(1) 変人キャズ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる