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zoom RSS 技術者の意思決定(1)

<<   作成日時 : 2013/04/15 16:35   >>

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4月14日の早朝2時頃に目覚めて、ふとテレビを点けてみた。
チャンネルを切換えて見ているうちに、偶々放送大学の
大学院講座で、例のNASAチャレンジャー号の打ち上げ失敗の
事故の場面が映っているのを見て引き込まれ、そのまま、
  「技術者の意思決定を迫られる場合
というテーマの、その講義を最後まで見てしまった。

チャレンジャー号の事故は、1986年1月28日。 
米国のスペース・シャトル、チャレンジャー号が打上げから
73秒後に、フロリダ州中部沖の大西洋上で空中分解し、
7名の乗組員が犠牲になった。
この事故についてはWikipediaに詳細な記述があるし、
私自身は専門外なだけでなく、今回のテレビ講義も
途中から見たので、登場人物の詳細は理解していない。 
それで、此処では事故のストーリーは省略するが、
テレビ講義の話題の要点は、打上げ直前の
、  『予報によれば、1月28日の朝は異常に寒く、
  発射台周辺の気温は打ち上げを実施可能な下限値である
     −1℃の近くまで下がる』、 との情報への対処が、
  個別の関係当事者の視点の位置で、相違することだ。


   ★ ★ ★ ★ ★

事故の実際の経過も、機体全体の分解が、
右側 SRB (Solid Rocket Booster, 固体燃料補助ロケット)の
密閉用Oリングが発進時に破損したこと、から始まった。

   その破損によってSRB接続部から漏洩が生じ、
   固体ロケットエンジンが発生する高温・高圧の燃焼ガスが
   噴き出して、  隣接するSRB接続部材と
   ET (External Tank, 外部燃料タンク)、に、悪影響を与えた。
   そして、右側SRBの尾部接続部分が分離すると共に
   ETの構造破壊が生じ、 空気力学的な負荷で、
   軌道船は一瞬の内に破壊されたのだった。

深夜テレビを見て理解した要点は、異常寒波に対し、
SRBの製造とメンテナンスを受け持つサイオコール社の
     技術者は、 強い懸念を抱いた
、 ことだ。

27日の夜、サイオコール社の技術者と幹部は、NASAの幹部と
   遠隔会議を開き、気象条件に関する討議を行った。

何人かの、中でも特に以前にも同様の懸念を表明した
 ロジャー・ボージョレは、SRBの接合部を密封する
  ゴム製Oリングの弾力性が異常低温によって受ける影響、
  について不安を表明した。


各SRBの接合部の全ての結合部は、固体燃料の燃焼で発生した
高温・高圧の燃焼ガスが正常にノズルから噴出されるよう、
密封してガスの漏出を防ぐ必要がある。
サ社の技術者は、もしリングの温度が12℃以下になった場合、
気密性を正常に保つだけの柔軟性を有するか
を判断するのに、十分なデータを持っていない、と論じた。
これが重大な懸念だったのは、Oリングが、――
もし主および副リングが、故障した場合はバックアップはなく、
その故障は軌道船や乗組員を破壊しうることを意味していたからだ。

   ★ ★ ★ ★ ★

サイオコール社の主張に対するNASAの反論は、
   主リングが故障しても副リングが密閉性を保ってくれる
   というもの。 だがこれは実証されたことはなかったし、
   また、重要部品についての規定にも反する論法だった。
サイオコール社の技術者たちは、夜間の低温により
   SRBの温度は危険値の4℃、を下回るはずだと指摘した。
しかし、サイオコール社の幹部は、彼らの主張を取り合わず、
   予定通り打ち上げを進めるよう勧告した。
   サイオコール社の幹部は、世間ではNASAは常に
   フェイルセーフに取り組むイメージがあったのに反して、
   打ち上げが安全 「である」 と証明するのではなく、
   状況が安全 「ではない」 ことを示せという
   NASA幹部の要求、 に影響されていた。


現実にチャレンジャー号の事故が起こった後の現在から見れば、
誰が正しく、誰が無責任だったかは、全人類が知っている。
しかし、歴史の進行途中では力関係は見識の正否とは別な
決まり方をする。
テレビ講座には当時のボージョレの顔や音声を映しながら、
彼が自身の技術的判断と、会社の方針や、NASA、の方針
との間で苦悩する心情を説明していた。

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