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zoom RSS 66回終戦記念日、補足

<<   作成日時 : 2011/08/16 05:53   >>

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昨日公開の前記事に、ご注意を頂いたので、補足を。
 前回の記事の末尾に、
     「テレビ番組の中で、 若い評論家が、
   東部軍管区司令官が自決した話題を見て、
   『何も、死ななくても』、と発言している」、と書いた。

あの場面で発言したのは、評論家などという、一見識を
  持った人物でなく、お笑い芸人の峰竜太という人物らしい。
  お笑い芸人という職分に差別を付けるのではないが、
  この人物は、過去に、若い時に世話になった方面に
  不義理を働いて、同じ芸能界でのその方面に絶縁
  されている、とか不誠実な実績がある人物だという。
  私はお笑い番組などを見ないので知らなかったが、
  この人物は林家一門で出入り差し止めを受けている
  などの事実もあるらしい。

私は池上彰という人の見識は評価しているし、当日の
  主題が日本の最も大変な数日間に、お互いの信念
  に基づいて文字通り生命を掛けて働いた事実の紹介
  であったから、出演者もそれなりの人たちだと
  思い込んでいたのが、迂闊だった

     ★ ★ ★ ★ ★

歴史の評価が定まった現時点で見ると、(途方もない
  見当違いをしては居たが)、当時の反乱将校
  (井田中佐、竹下中佐、畑中少佐、椎崎中佐、
   古賀少佐)、も、私利私欲ではなく、国のため
  の思いで行動していた、 のは間違いないし、
その暴挙を抑えて、ぎりぎりいっぱいのところで
  戦争終結を実現させた人達、の多くは、
  その時に命懸けで働いただけでなく、
  その後、事態が収まってから自決している。

東部軍管区司令官、田中静壱の働きで反乱軍将校たち
  が取り押さえられて、無事に8/15に玉音放送が
  行われることになったのだが、 田中司令官は
  無事に終戦が行われたのを見届けて、
  8/23に自決して亡くなるのである。

阿南陸軍大臣は8/15に割腹自決しているし、
  近衛師団長森赳は8/14に反乱将校に殺されたが、
  もし存命ならば矢張り自決したろうと思われる。
田中静壱は副官を阿南大将のところに遣わせて、
  どのような方法で自決するのかを聴きに行かせた
  のだが、その時の副官が存命で、昨日の番組に
  出演していた。 それらの状況で明らかな通り、
  当時の常識として、軍の最高責任者達が
  あの時点で自決するのは常識的であった。
遥かに位階の低い人達も終戦直後には皇居前広場や、
  己の持ち場で自決した人達が多く居た。

これらの、誠実な人々の努力の積み上げの上に
  現在の社会が生まれてきたことを、もう少し
  キチンと伝承していかなければならない。


その重大な場面で、あのピント外れ発言をする
  峰竜太、 のような者を出演させておくとは、
  なんというミスキャストだろう。

現在の日本の平和な社会が極めて自然な成り行きで
  存在しているように感じていて、「米国が原爆など
  落とさなくても日本は負けると決まっていたのに」、
  などと気楽な発言をする人を見ると、
  本当に私は腹が立つ。

1945/8/14、15になってさえも、すんなりと終戦に
  行ったのではなく、紙一重の危機的状況の中で
  終戦が成り立ったのだ。
終戦に向けての決定的な最終判断をなさった昭和天皇
  御自身が、「原爆の投下はやむを得なかった」、
  と言っておられるのを知らないのでは、
  あまりに不勉強である。

     ★ ★ ★ ★ ★

8/14の池上彰の終戦、戦後の歴史展望の長時間テレビ
  番組は、歴史的に特別な日付を選んだ特別な企画
  だった筈だと思う。
そこに、あのような発言をする峰竜太のような人物を
  持ってくる、現在のテレビ局の体質が本当に情けない

恐らく芸能界関係の力関係とか、低次元な事情、が作用
  したのだろう。
  原発問題も今日の立場で振返ると、昔から良識の
  ある発言者は居たのに、悪貨が良貨を駆逐して
  2011年に到達した
のだった。

此処2,3ケ月の原発論議よりも、本当に現時点で
  メデイアが検討する必要のあるのは、第4の権力
  である「報道」が、正しく機能しているかどうか、
  の問題だと私は思う。

前記事でピアニスト君の
     ▲終戦62年と柳澤恭雄氏の死:[A-62]
を引用したが、その柳沢氏がNHKに居られなくなった
  時点から、今日の報道の堕落が始まったのだろう。

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