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zoom RSS 新春に思う(1)日暮硯

<<   作成日時 : 2011/01/03 12:26   >>

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その時には分かった心算で居たが、後になって見ると
   理解が不十分であったことに気付く、ということは
   何度も経験している。
   例えば、同じ映画を何度も見て、見るたびごとに
   新発見があることを、
     ▲ 映画「哀愁」の話 :[C-139]
に書いたし、私に限らず、人間なんて所詮は
      その程度のもの、  といううことを
     ▲ 感度の有無 (8):人類の限界:[C-137]:
に書いた。

         ★ ★ ★ ★  ★

昨年末の大晦日に、事情があって、
   「日暮硯」の解説本を、 読み直してみた。
   今回読んだ本(長野市観光協会、平成5年)の冒頭に
   引用されている、昭和28年に書かれた解説の文章に、

『日暮硯の原文は俳人の筆になっただけに簡素であるが、
古風な候文体だから、現代の青少年には難解で読めない
だろう。  そこで、現代語に書き改めて見たが、
原書の妙味を甚だしく減殺した、云々』
        、と書かれている。

昭和初頭に私が読んだ心算でいた「日暮硯」の内容は、
   したがって、原文のあらすじ程度だったことに、
   今回初めて気付いた。 自分では、「日暮硯」を
   読んだ心算で居たのだから、いい気なものである。
   私の同郷の連中も、少年時代に信濃教育会で作った
   資料などで郷土史を教えられたのだから、
   皆同様に誤解しているのだろうか?

「日暮硯」を全く知らない人のために、少し注釈を述べると
   信州松代藩の偉人・恩田木工民親の事績を
   同時代の人、馬場正方(通称・広人、俳号・杉羽)が
   宝暦11年(1761)に書いたものである。

当時、破産倒壊に瀕していた藩の財政を、
           質素倹約を旨として建直し、
     綱紀紊乱を極めた藩政の刷新を断行し、
     苛斂誅求の弊を改め、
   松代藩を起死回生させた、恩田木工の所業

           を物語風に記している。

馬場は知行百五十石で、藩主真田幸弘のお刀番
   である上に、馬場も幸弘も俳諧を好んで造詣深く、
   趣味の友としての藩主の寵愛も受けていたし、
   恩田木工の亡くなったのは「日暮硯」の書かれた
   翌年、宝暦12年のことだから、記載の事実関係
   には誤りはないと見られるのに、伝聞の形で
   綴っている経緯も、今回初めて知った。

更に、「日暮硯」が当時の日本国内で広く読まれていて、
   時の将軍(十代将軍家治)まで読んでいるのだから、
      私の郷里のローカルな図書ではなかったことも、
   良く知られている二宮尊徳が背負子を背負って
   歩きながら読んでいる本が、日暮硯
であることも、
          今まで私は知らなかった。

         ★ ★ ★ ★  ★

『日暮硯』の最もよく知られている一節に、鳥籠の話がある。
   藩主、真田伊豆守幸弘が余りに真面目に
   学問と政務に精進しているのを案じた御側役
   の一人が少しは気晴らしにもと、鳥を飼うことを
   進言した話である。
英明な幸弘は進言を受け入れたかに見せて鳥籠を
   作らせ、出来た立派な鳥籠にその家臣を
   閉じ込めてしまい、大空を自由に飛び回る鳥を
   籠に閉じ込めることが気の毒な所業であると、
   悟らせた話だと、私は理解していた。

今回読み直して初めて気付いたことだが、
   この逸話の後段は単な動物愛護の教訓ではなくて、
   藩主が飼鳥することで藩内にその趣味が普及して、
   藩の財政に及ぼす影響まで考慮せよ
   との教訓だった。
しかも飼鳥を進言した御側役に対する、対処の仕方に
   実にきめ細やかな配慮、が行き届いている。

私が子供の頃に読んだ本には、単に動物愛護の話
   しか書いてなかったのか、或いは藩の財政の話
   などもあったけれど、私の頭には入らなかったのか、
   それは分からない。

しかし、現時点でこの話を読み直してみると、
   自身の気晴らしが国の財政に及ぼす影響と、
   人の気持ちを大切にする配慮を、
   常に頭に置いた名君の心事が素晴らしい


翻って、ここ数代の総理大臣に、そのような心配りの
   有った人物が、1人でも居ただろうか。

吉田松陰や勝海舟の事績を評価する人は居ても、
   彼等二人を含めて多くの有能な弟子を育てた
   佐久間象山のことは存外知られていない。 
象山も恩田木工も同じ松代藩の人間だが、
   恩田に至っては、その知名度は象山よりも
   もっと下であろう。
   しかし、現代の日本に最も必要なのは、
   恩田木工の所業を具体的に学習することだと、
   思いながら、新年を迎えた。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
恩田木工に就いては昔読んだこともあり、ある時Y社でも管理職の一部に配って読ませた経緯がある。
貴文を読んで当時のことを髣髴と思い出す。しかし大部分は忘却の彼方にあることは単なる加齢だけの問題ではなく感じ方が表面的だったのだろうと反省している。
Alps
2011/01/03 15:53
昭和28年に書かれた解説が、今の世相に適切なのに、私もびっくりしました。 そのような解説がなければ私などには理解も出来なかった幸弘と恩田木工の偉さに驚嘆します。 郷里の先人に誇りを覚えますね
変人キャズ
2011/01/04 04:30

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