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zoom RSS 白熱電球の製造中止

<<   作成日時 : 2010/03/27 20:58   >>

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2010年3月17日、 東芝ライテックは、一般白熱電球の製造を終了した。
   この日、同社は、「一般白熱電球製造中止式典」、を催した。

この大きな節目に、この分野に近い場所で働いてきた老人、の私は、
   今では知る人の少ない、日本における電灯の初期の様子を、
                  少しでも紹介したいと思った。
   が、保持する参考資料の中で最も信頼性の高い、
        池谷理氏の著書が倉庫に入っていて手元にないので、
   後日補足するとして、今月中に表題だけでも、
        ブログに、エントリーを入れてだけ置く。

電灯は1840に、グローブが白金をフィラメントに用いた電灯を発明し
      1841に特許を取ったのが最初である。
   1840年代後半には、炭素フィラメントを用いた電灯、
      イリデイウム電灯の実験も行われたが、
   電源が電池であることと、排気処理方法が知られていなくて
      管内にガスが出て真空度が低下し、フィラメントが焼け切れるために、
   実用にならなかった。

●スワン(1828―1914)は、管内排気をしながら
   フィラメントを白熱状態になるまで、 通電排気を行って、
   白熱フィラメントを真空中に維持することに、1978年9月に成功し、
   1979年1月17日の科学者集会での展示では、電灯の寿命は30時間持った
   スワンはこの方法を、英国の特許(第18号)として1980年に取得した。
 
このガスの排気方法の発明が、電灯を実用化するのに
   不可欠な道程であったのだが、排気技術については説明を要するし、
   私自身の自慢話を含めた話もしたいので、 項を改めて記述する。
   ここでは、その様な技術が必要であった、ということ以上は、立ち入らない。

●電灯の前段階であるが、1878(明治11)年3月25日に、
東京中央電信局の開業式を、虎ノ門の工部大学校(東大の前身)
        の講堂で催した時に
同校のエアトン教授(電信学および物理学)が
   フランス製のアーク灯で祝宴の席を照明し、来賓を驚かせた。
   グローブ電池50個(95V)を電源として、15分間点灯したのであった。

この東京中央電信局の開業、の20年前の1858年に
        人類は、新旧両大陸の間での通信、に成功し、
   日本では、この前年の西南戦争で、政府軍側の電信が
        威力を発揮していたので、
   開業式では、全国の局と海外の上海に通信し、祝電を受けた。
昭和3年以来、日本の電気関係団体では、
  3月25日を、“電気の記念日”、とするようになった。

●1879年10月21日にエデイソンは、電灯を約20時間点灯することに成功して、
   最初の実用的な炭素電灯、を作った。
   この時に用いられたのが、日本の竹から作った
        炭素フィラメントであった。
   (この年の4月に、偶然テーブルの上にあった、日本のうちわの竹骨
    をとって実験したところ具合が良いので、使者を日本に派遣して
    京都の石清水八幡の竹を入手し利用した。)
エデイソンの功績は、当時実用されていたアーク灯式の
     低抵抗、大電流の考え方から抜け出して、
     高抵抗、小電流方式の電灯を作り出したこと。
   米国では、10月21日を電灯記念日とした。

エデイソンは、1882年に発電機を発明して、
   ニューヨークにエヂソン電灯会社を設立し、発電所を開設し、
   直流発電方式で、58軒400灯(翌年には12,732灯)、に供給した。 
直流配電方式に対し、交流配電方式の方に利点のあることを見抜いた
   ウェステイングハウスは、1886年に変圧器を使っての
   交流での点灯に成功した。

その後、クーリッジが、1910年にタングステンフィラメントを作り
 ラングミュア―が、1913にガス入り電灯を発明した。
   真空電灯の2450Kに対して、2600〜2700Kの高温にして
  100W以下の小型でも、効率の高いものが出来ることになった。

●日本では1889(明治22)年に、
 電灯の製造販売を目的とする、白熱舎が作られたが、
   16cd一個の値段が1円35銭(寿命200時間)と高価で
   需要も少なく、 (一か月の電灯料金は16cdで2円50銭)、
   製造工程中の不良が続出して、収支決算は常に赤字であった。

我が国の電灯事業は
米、英、独、などから 安い良質の電灯を輸入して発達したもので、
   国産電灯が、外国製を駆逐したのは、大正中期以後である。
   1926年には、東芝の不破橘三は、内面艶消し電灯を、
   1937年に、三浦順一が、二重コイルフィラメントを発明した。

●電気 → 照明 → 電灯 → 真空管 → 通信技術 → 電子技術
    → エレクトロニクス → デジタル技術 → ・・・

電灯から始まって、我が国の真空管の歴史に、
   そしてエレクトロニクスの歴史に、 最も密着してきた東芝で、
   今月、白熱電球の製造を、止めることになった。


            ★ ★ ★ ★  ★ ★ ★ ★
◎「60年前の回想」、記事リストと、 ◎異種・同様なリスト、 の紹介が、
▲[C-211][2010/4/27] 60年前の回想(9)     の文末にある。

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象川氏は高校に入ると、講堂に在るピアノを、生徒が自由に    弾くことが出来たのが嬉しくて、其処にはよく行っていた。    象川氏が生まれ育った村内に、オルガンを持つ裕福な家が    一軒あって、其処で弾くのを庭先から見ても、触ったことは    なかったし、 中学でもピアノに生徒が触るなど許されなかった    のが、高校の講堂が空いているときに勝手にピアノに触れる    ことが出来るのは、音楽好きの象川氏には楽しみであった。 ...続きを見る
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