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▲[C-176][2009/1/1] 日米開戦67年目の年末に思う という私の前回エントリーは、表題からすれば、当然12月末の日付で公開されなければ可笑しい。 しかし、現実は、今年1月1日になっている。 実はあの文章の下書きは12月28日ころから書き初められていたが、近親者の不幸があり落ち着かなかったことの他に、12/31に机に向かっている時に, 白昼夢とでもいうような、不思議な妄念が脳裏に浮かんできて、作業が停滞したことが原因であった。 この様な経験は、思い起す限りに於いては今回が初めてのことである。 私自身は技術者の端くれとして、超能力だとか、神がかった物言いが嫌いである。 しかし、事実は事実として記録を残すべきだと思うので、些か不思議な事実を書き留めておく。 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ▲[C―2]: [05/04/11]人類滅亡論[1]人知の限界 ◆超科学(1) に紹介してある、 三浦雄一郎や諸井氏の話に、よく似た体験 をしたのである。 私には4人の孫が居て、当然皆全て可愛く思っているのだが、中でも取分け相性が良いというか、気持ちが通じるように感じているのが、Rである。 この子が12/31日に、スキー場で大怪我をした。 小学校6年生のRは、両親と共にスキーに行っていて、この日滑走中にスノボーにぶつけられて、肋骨を骨折する重傷を負った。 父親は先に滑降して下で待っていたが、何時まで経ってもRが降りてこないのでリフトで昇り,再降下して倒れているRを発見した。 衝突したスノボーは当て逃げして行ってしまったし、父親が探し出すまでは、誰も連絡してくれる者が居なかったので、Rはその場で倒れたままで居た。 この連絡を受けて、私は非常に腹がたった。 ◎当て逃げをしたスノボー、 ◎負傷した子供が倒れていても、救護も連絡もせずに放置する人々、 ◎それから子供よりも先に自分が滑り降りて行った父親、 全て、私の常識では許し難い。 でも、これが現代の標準的な日本人なのであって、私のような感覚の老人は、ナウくないのだろう。 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ それは兎も角として、その日に自宅で机に向かって上記のブログ原稿を作成していた私は 妙に胸騒ぎを覚え、 Rが路上で自動車に撥ねられて大怪我をし、 私がそのRを抱いている場面、 が脳裏に浮かんで仕方が無かった。 今後若しもRが親や学校の先生に叱られることがあると、 「仮令どの様な経緯があっても、お祖父さんはいつでも、お前の味方だからね」 と、私は言ってやろう、と自分に言い聞かせていた。 これは夢でなく、机に向かって仕事中のことであり、 俺もかなり可笑しなことを考えるようになったものだ、 老化が進行したなあ、 と、自分では考えていたのだった。 翌日、このスキー場の出来事の連絡を受けて、私は “虫のしらせ”なんていうレベルのものでない、 不思議な出来事 が起こったこと を承知した。 一昨日にはエントリーを終わっていなければならなかった前回の記事、が昨日になったのは、この様な事情による。 |
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エルマンのバイオリン演奏会
前回(昨年最後)の記事: ▲ :[B-88]:(2008/12/25)日米開戦67年目のクリスマスに思う に、Y君の祖母と有栖川宮の話がある。 有栖川宮と人間的接触の有った祖母、と過ごした日を覚えているY君は、テレビドラマ「篤姫」を見ていて、「篤姫」、「皇女和宮」、「有栖川宮」が同時代の人であることを思うと、歴史的時間の感覚が奇妙に感じられて仕方なかった、という話である。 子供の頃には大昔の話と思っていた日露戦争が、祖母と有栖川宮の一件よりも大分後のことなのだから、妙なもので... ...続きを見る |
佐久間象川 2009/01/26 12:50 |
「自由の翼」へ、新春ご挨拶
最早、2月だから新春でもないが、久々のご挨拶を。 昨年8月だから、もう半年近くになるが、大変に失礼なことを申上げました。 ...続きを見る |
晩秋 2009/02/04 14:25 |
人生の確率計算
先日例の仲間の会合で“Y君の所感”と“ピアニスト君の確率計算”を巡って話題が湧いた。 @▲女は畏怖すべき存在:[C-178]、に紹介している“Y君の所感”: 『叔母の死後に、Y君はふと、自分は随分幸せな人生を送ったなあ、と感じることがあるという。 {中略}、確率的には稀な「人との出会い」に恵まれる僥倖を頂いたのを有り難く思う、という。』 ...続きを見る |
変人キャズ 2009/04/28 20:30 |
「渚にて」、を再見して
1959年に製作され、話題となった名画、「渚にて」、が昨日TVで放映され、60年ぶりで見た。 当時これを見て大層感銘を受けたことと共に、その数年後に初めてサンフランシスコを訪れて金門橋を見に行ったときに、其処でカナダから来た老婦人旅行者とこの映画の話をしたことが懐かしく想い出される。 ...続きを見る |
変人キャズ 2009/08/01 07:15 |
因果
2010/2/9の毎日新聞、発信箱欄に、“因果”という記事が載っていた。 内容の概略は次のようである: ...続きを見る |
変人キャズ 2010/02/23 21:03 |
65年間の回想(5)
第3回の記事、(▲65年間の回想(3):[C-215])、の中で、 あの記事を書くのに大変に難航したことを述べた。 それは、 思考経路の説明の或る部分を、普通の人ならば、さらりと書けることでも、 私は其処に拘ってしまうのである。 前回に引き続いてその事情を、 「人の出会いという幸運」の話題(幸運にも色々とあるが)、 を例にとって、説明してみよう。 ★ ★ ★ ★ ★ ...続きを見る |
変人キャズ 2010/05/25 15:17 |
65年間の回想(6)
今回の主題は、 「復讐するは、我にあり」、 である。 この言葉は、少し前の映画や小説の題名として、また 野村サッチーの発言として、現代の人々は記憶していると思うのだが、 私はその遥か前、1950年代から承知していた言葉である。 ...続きを見る |
変人キャズ 2010/06/01 03:50 |
日米開戦70年(2)
日本をあの戦争へと導入した政治家、官僚が無見識だった のは勿論だが、そのうえ彼等の戦中・戦後の言動 を見ると、無恥で無責任な者が多かった。 それに対して戦争を避けるように主張して人達は皆、 心ならずも突入した戦争の最中でも、国のために 最善の途を求めて誠実な努力そ重ねた。 ...続きを見る |
変人キャズ 2011/12/08 17:57 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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キャズ様 |
モナミ 2009/01/23 22:55 |
珍しく、モナミ様のコメントが入っているので、私のも取り上げていただけるかと思ってコメントします。 |
Mariko 2009/01/26 07:00 |
モナミ様、Marikoさま、ご心配を頂き、有難う御座いました。 貴女方のブログも私等の仲間たちと同様な処置をしていらっしゃるらしいことは、拝見して居て分ります。 貴女方もチェックしていて、同様であることをご存知だと思いますが、私のものも読者の数は決して多くないが固定した方々がズット見ていて下さることが分るのは有り難くも有り、嬉しい事です。 |
変人キャズ 2009/02/01 12:13 |
キャズ様 |
モナミ 2009/02/03 07:50 |
前回入れさせて頂きましたコメントにミスが有りましたので訂正させて頂きます。 |
モナミ 2009/02/03 09:26 |
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