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<<   作成日時 : 2008/07/10 06:45   >>

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人知を超えたところで、我々のすむ世界を動かす力が働いているような気がしてならないことを、以前にも書いたが、今回また、その思いを重ねた経緯を
  ▲ 「浅田常三郎」を読んで
に書いた。
私が前の記事に書いたことの要点は、
   盛田明夫氏にその人生の道を選ばせて、
   日本にソニーという企業が産まれるきっかけを作ったのが、
 服部学順氏であったこと、である。

その服部氏はその後、東京のD国立大学に移ったが、別段社会的に目立つことなく、生涯を終えた。
が、日本の国に、 ソニーという会社が生まれるきっかけを作った
だけでも、大変な功績である。

学者として格別な評価もなかった服部氏であるが、
日本の社会に残した貢献の大きさは、普通の大学教授とは比較にならぬ大きなものであった。

その服部氏の、「もう一つの知られざる功績」、の紹介をする。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

D大學は、服部学順氏の死去の前日の日付で、名誉教授称号を贈った。
但し、大學が本当に服部氏の社会的貢献を評価できていたかと言うと、それは甚だ疑わしい。
というのは、「『(その頃既に大会社になっていた)ソニー』の誕生」の他に、もう一つ、
  服部氏は自身の業績ではない「社会的貢献」
をしているのだが、
「(その頃には未だ、世間で全く話題にならなかった)分野、への貢献」
を知る人は殆ど居なかった。
D大學の現在の在籍教職員、学生の中でも、殆ど皆無だと思う。
同大学で、服部氏の同僚として在籍したY君でさえ、知らなかったのだから。


現在では医療関係者ばかりでなく、
 癌患者家族を抱える誰でも、知らぬ者のないMRIであるが、

D大學は、その技術の誕生した直後(1950、60年代)には、
NMR(核磁気共鳴)の研究で日本の最先端を行っていた。



MRの最初の発見は1945年ソ連で、硫酸銅による電波の共鳴吸収を見つけたのである。
翌1946年、これに刺激された米国で水素原子の原子核の常磁性の共鳴を発見した。
このMRの意義の重要さに気付き、手製の装置を作り測定したのがD大学のグループであった。

D大學の手製の装置で、日本では最初の(NMR)が水素と弗素とインジウムとナトリウムで検出され、
銅の原子核の磁気能率が世界で始めて測定されて米国の原子力委員会に登録され、
同じ原子核でも化合物によって周波数が異なること(化学シフト)がコバルトの原子核でも発見された(1950〜1951)。
 この成果は、当時NMRの唯一の先進国米国での研究に決してしてひけをとるものでなかった。



処で、D大学での研究当初に、まだ誰も見たことのないNMR装置を製作しようというF助教授の提案は、先ず先立つ予算の点でつまずいた。
学長は著名な物理学者の寺沢寛一であったので、何とか学内予算を使ってと、教授会を開いて丸二日間教授層を説得したが、結局賛同は得られなかった。

権力を持つ者と、能力を持つ者とが、別であるのは、いつの時代でも同じである

寺沢はやむなく学長決裁で7万円と自分のポケットから5万円を出し、F助教授は自宅から5万円を工面して、これで装置をつくろうとした。
昭和25年の公務員初任給が3,148円、公務員の給与ベースが6,307円のころである。



処で、敗戦後の当時には、この装置を作るに必要な電解鉄が日本に1トンしかなかった。
D大学は東芝研究所から電解鉄120kgを融通してもらえることになった。
が、運搬が問題である。 (当時の、この困難も、現在の人には理解して貰えないかもしれない)

この時にD大學の物理教室にいた服部学順は、
知人に依頼し、ダットサンの荷台に載せて電解鉄とともに当時貴重な2.6mmエナメル銅線220kgを、川崎の東芝から大学に運び、磁石の製作に大いに協力した。
こうしてD大学のグループの手製の装置で、
 日本では最初の核磁気共鳴(NMR)が測定されて
上記の成果を挙げた。

此処でも、服部氏は自身の業績ではない「社会的貢献」をしているのだが、
若しも服部氏の存在がなかったならばどうなったか、と考えてしまう。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


その人の業績、とは言えないが、
若しも、その人が居なければ歴史は変わっていただろう、
という場面で、適切な人物が居た、と知ると、

人知を超えたところで、
  「我々のすむ世界を動かす力」、
が働いている、ような気がしてならない。
 ソニーの誕生にしても、MRの話にしても、である。


私の知る限りで、MRに関する最初の本を書いたのは、
(1950、60年代)にMRの研究で日本の最先端を行っていたD大学のグループのN氏
なのだが、
MRI花盛りの現在、D大学の教職員の多くは、それを知らない模様である。

N氏の仲間のK氏(その後、東大教授に移った)は、当時、
D大学に通勤する時に降りる私鉄駅の改札係の少年が、K氏の息子さんと大体同年だが、
「あの改札係の少年の方が、D大學教授の俺よりも給料が多いのだ」、
と、給料の安さをこぼして、口癖に言っていた、のを思い出す。

この様にして業績は忘れ去られ、安い給料で働いた人々(N氏、K氏、服部氏)の努力の成果として花開いたMRIが、
現代医学で非常に役立っている。 社会の仕組みと言うものであろう。

浅田常三郎の評伝を読んで、この様な感想を持つのは、
私の老化現象の一つなのか、或いは成熟の成果で若い時には見えなかったものが見えるようになったのか分からない。

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内 容 ニックネーム/日時
盛田明夫に、浅田常三郎に師事する様に薦めた服部学順。その盛田が後に井深と共に世界のソニーを創った。
若し服部が盛田に、浅田に師事することを薦めなかったら今のようなソニーが生れたかどうかは判らない。あの盛田のことだからソニーでなくても違う会社を創ったかもしれないが、それは空想の世界に過ぎない。
NMR(私には素人で判らないが)の実現に果たした服部学順(自身の業績ではないが)の見えない貢献がなかったら、今のMRIに繋がらなかったかも知れないと聞くと、偉大な業績の裏に潜むその何倍かの、人の知らない貢献のある事をしみじみ感じる。そのようなピラミッドを築きあげた神の手の存在を感じる。
それにしても貴文から、「その人の業績、とは言えないが、若しも、その人が居なければ歴史は変わっていただろう」、「人知を超えたところで、「我々のすむ世界を動かす力」が働いている、ような気がしてならない。ソニーの誕生にしても、MRの話にしても、である。」
に、巧まずして神の手を感じ、又しても大きな感動を頂いた。そして「出会い」が歴史を作ることも。
Alps
2008/07/13 10:45
服部氏の様な業績を評価するシステムが、社会に在ってしかるべきではないのか。
服部氏はD大學でも肩書きのつかない平凡な一教授で終わったのだが、死去の前日の日付で名誉教授称号が贈られたそうである。
私の「下司の勘繰り」では、服部氏の死去の直後に、葬儀の準備か何かの動きの中で、ソニーの盛田氏の件が出て来て、大学側では慌てて名誉教授称号を贈ったのではないか、と推量する。
追贈というのでは格好が付かないので、退職後の生前贈与ということで、逝去の前日の日付になったのではないか。

D大學も毎年、何人かの定年退職者に名誉教授の称号を贈っていたであろう。
また、D大學も国立大学ならば在職中に所謂、学内実力者であった退職教授は叙勲を受けたりするであろう。

それらの顔ぶれは、研究業績とか学者としての評価や、社会的貢献、とは別の処で決まるものらしいのをよく耳にする。
服部氏の話を読むと、社会全体の仕組みが何か、間違っているように思えて仕方がない。
痩せ蛙
2008/07/16 05:07

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