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zoom RSS 旧制高校・晩秋ブログ挽歌

<<   作成日時 : 2007/07/28 07:56   >>

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先日来、我々の仲間の内で、ブログの在り様についての話し合いがあり、ピアニスト君がよろめいたという事実はあるが、彼も結局は現状維持で落ち着く気になったらしい。
驚いたのは、それが飛び火して、晩秋氏のブログ が閉鎖となったこと。  火元のピアニスト君は病気回復して,感染した晩秋氏が死亡とは、ビックリである。  今月一杯で閉鎖、来月からはミイラだけが残るとのことなので、挽歌として、TBを送る。

私の個人的な見解としては、今回の[病気]の真因は、世間の風潮が、ギャランテイ型社会からベストエフォット型社会へ変換した処にある、と思うのだが、
旧ギャランテイ型社会を知らない人が多い現代にあっては、私の様な両棲類の老人が、挽歌を書く責任が有ると思って、これを書く。

ピアニスト君のよろめいた一因は、現代の人達に、戦前派の価値観が理解されないことで、
  ▲ 久間事件・戦後を問い直す(3a)
に書いている。  然し、この記事はブログを打切る前提での自分用メモだから、説明不足であり、他人特に若い人が読んでも分り難い。

そして、晩秋氏の病気治療に努めた佐久間先輩が処方した記事:
  ▲伝統文化と常識の変遷(3)
は、矢張り、戦後世代には理解し難い部分が在る。
それで私が敢えて注釈を付け加え、
それを晩秋氏の最終記事へ挽歌として送ろうというわけである。

************戦前派の教養について*************

  文春新書に、「明治人の教養」、 [旧制高校物語]、
  中公新書に「教養主義の没落」、といった図書があり、
今の若い人達の戦前派の教養への理解、の助けになる。
然し、「著者自身が弾丸の飛んでくることを経験していない人の、戦争物語だな」、と見えてしまうところもある。
 (それは仕方のないことであり、私に著者を責める意図はない。)

***************

例えば[旧制高校物語]、を見れば、
旧制高校生が、どの様な書物を読んでいたかは、書いてある。 然し、
彼等にとっての、最も重要な教育:「友人同士の駄弁り」、は分らない。

 多くは田舎の旧制中学で「開学以来の秀才」、などと言われて、郷党の期待を担って出てきた若者が、全寮制の宿舎に入れられ、同室の数名、同寮の数十名、の者達と毎日、毎晩、口角泡を飛ばしての、所謂「駄弁り」の中で、広い日本にはこんな凄い奴が居るのか、と驚く。
田舎中学では、クラスで一番が50人に一人、学年で一番が300人に一人居るが、そいつらを遥かに超えて、その中学から数年ぶりに高校に合格した自分は、(本当に「開学以来」ではなくても)、1000人に一人の秀才だと思っていた自負が、崩れる。

学生寮に入ってみると、自分は、同室8人の中でも、同寮の60人の中でも、一番駄目な男で、誰よりも本を読んでいないし、議論を戦わしても叶わない。
挙句は議論中に、「下らない」、などと、面罵される事も毎度である。
 悔しいが、考えて見ると、理屈は相手の方が通っている・・・。
 この寮生活の初期体験が、貴重な成長への切っ掛けとなる

***************
上記の文庫本にも、寮歌、の歌詞は紹介されているが、
   大切なのは、その歌われ方、教育的効果である。
同寮数十人の者が一室に集まっての一晩中の白熱の議論の後で、全員で寮歌を斉唱する。
その時にその夜の議論で熱した頭脳が冷え、やっつけられた事の心の痛みが流失して行き、その夜に得たものが身体の中に浸透し植え付けられていく、其処が大切なのである。

今日の言葉で言うブレーンストーミングが、討議にも教育にも、如何に有効な手段であるかは、戦争中の日本軍の最中枢であった、大本営陸軍作戦課での重要事項決定がこの方式で行なわれていたことでも納得出来る。{瀬島龍三:幾山河、p.82}。
 その手法が、教育されていたのである。

が、上記の新書本には、この最も大切な事が書かれていない。
全寮制とは、只同じ建物で飯を食い、寝泊りをしている事ではなかったのだ。
 それが、「著者自身が弾丸の飛来を経験していない人、の戦争物語だな」、と思ってしまう、と書いたことの一例である。

***************
文科、理科の別無く、第一外国語が英・独・仏・語の何れであるかを問わず、授業をサボり、レクラム文庫(ドイツ語の、岩波文庫の様なもの)をポケットに忍ばせて、野に、海に散策に出掛け、それを読んで帰るのが一つの生活のスタイルであった学生生活。

中学時代と違って、同室の連中は学校から帰っても、復習もしない。
学校での授業等はその場で全て吸収し終え、寮に戻ると、学校の授業とは全然別の話題、外国文学、哲学、芸術論などの知的刺激の中で鍛えられ、開眼し、成長していく。
その生活スタイルの重要性は、これ等の新書では分からない。

***************
野間口中佐{▲出合った人:(2) 野間口光雄、▲「成果主義」}、も、父君は明治の海軍大将であったが、ご自身は第一高等学校へと進み、そのような青春を過ごした事が、ハイゼンベルグとの親交を暖めるのに役立った事は間違いない。
ピアニストの紹介していた友永中佐は、第一高等学校で、野間口中佐の一級上で、M先生の同級である。
往年の人材は、この様にして育て上げられたのであった。

***************
 「田舎の旧制中学で、開学以来の秀才」の自負が、入寮一ヶ月で打破されるところが、旧制高校生の成長の出発点であった。
現在の若者には、その出発点も存在しないので、折角優れた資質を持っていても、他愛のない自負心がそのままであって、開花・結実へと進まないのは、本人にとっても、社会的にも不幸な事である。

比較的、きちんとしたブロガーの記事を見るたびに私は、旧制度の教育システムが日本に健在であったなら、この人は、もっともっと成長したろうに、と感じる事がある。
今は、田舎中学開学以来の秀才も、同寮生数十人の集いの議論中にコテンパンにやられる洗礼を受けないから、そこで、成長が止まっている。

***************
敗戦後ドイツの様に伝統を死守しないで、GHQの言いなりに日本の教育制度を破壊してしまった日本政府に、腹が立ってならない。
安っぽい自尊心の目に付くブログを見ると、これ等の埋もれたダイアは結局磨かれる事なく、終わるのだな、と情けなくなる。
上記の文庫本でさえ、それを伝えていないのだから、私の片々たるブログ記事の一本ではいかんとも出来ない。

******************★★★***************************************

晩秋氏の言うW氏とは誰の事かは勿論直ぐに分った。 同年代だから当たり前である。
寧ろ、O氏のことが、我々に分るかどうか、晩秋氏はご心配であったと思うが、こちらも分ります。
思い違いでない証拠に、一つキーワードを申上げますと、「コンコルド」で、我々が間違ってない事が、晩秋様にお分かりですね。
 ピアニスト君からもコメントが行くと思うが、彼は外国のクルーズ船でO氏とご一緒し、連日親しく話したことがあるから、一発でした。
今回、我々にも、晩秋様のことが分ったのですが、水戸黄門みたいなブログを始められたのは、我々と同じお考えであったと思います。
それで、P君と同じ悩みに行き着いたのですね。  
***************
P君が書いていた新宿将棋センタには、神田山陽に限らず、小松方正(故人だから名前を出してもよいでしょう)、他の芸能人、日銀のU氏、ほか各界の名士がさりげなく集っていたのも、当初は同様な心根だったのでしょう。
将棋そのものではなくて、その様な気持で、最初は行ったのでしょうが、結局は、これ等の人達もP君以外とは、余り口を利かないようになってしまいました。
山陽、小松氏のような庶民相手の芸能人でさえ、そうでしたから、財界、著名画家、他の人々も、味気ない思いをされたことは、想像が付きます。

晩秋氏も、現役時代には、高速で路上を走る車の中から見ていた野の草、を愛でようとして、折角のことでしたのに、
結局到達したのが、「矢張り、野に置け、蓮華草」であったのは、
ご自身に不幸であっただけでなく、社会にも残念な事であったと思います。

******************★★★***************************************

晩秋氏の第二の問題に移ります。
佐久間記事:▲伝統文化と常識の変遷(3) 、の第二節にあった話、が晩秋氏へのソフトな応援でしたね。(所詮、無効でしたが)。
東芝の、マツダ研究所の著名なA氏が、部下の研究者Bの原稿を預り、3行ほどの文章を手直ししただけで、自分の名前の論文にした話は有名であり、教育的である。

然し、それを理解出来るのは、例外的に優れた資質の人か、上記の旧制高校での、ブレーン・ストーミングで鍛えられた人でないと、無理かもしれない。
余程出来の良い人でない限り、いきなり、この話題を出されても、普通の現代っ子は、「論文の文章の99%が、Bの書いた文章なのだから、A氏は盗んだ」と、考える人が多いだろう。

***************
 事実、終戦後間も無くの古い時代でさえも、私の知るI・氏などは、自身も研究者であり、某帝国大学教授であるのに、これが理解出来なくて、A氏を批判していた。
A氏を批判する事が、自分が「民主的である証し」、のように自負していた。
ひとつには、I・氏が他の教授連と違って、学歴にコンプレックスが在った事も有るでしょう。
ところが、滑稽な事に、I・氏は御自分は何時も、「オリジナリテイが無ければ、・・」と言うのが口癖なのに、国内は元より、海外の同業者からも、その「銅鉄主義業績」を、笑われている人でした。
I・氏は、努力だけで実績を積み、また僥倖にも恵まれて、帝国大学教授の座を確保したものの、旧制高校を経ていない為に基礎的な教養の大事な所が抜け落ちていて、本人は最後まで、自分の仕事が[銅鉄]であることに気が付かなかったのです。
資質の限界で、仕方ないところもあるでしょうが。

{註:銅を材料にした実験で、従来未知の現象を誰かが見つけた時に、鉄を材料に使って同じ実験を行なって、「自分は世界で最初に、この仕事をした」、と主張するやり方を、「銅鉄主義」と言う。
確かに、鉄を使ったのは世界最初に間違いないが、誰もそれを評価しない


A氏の主張: 「部下のB君の文章を下敷きに書いたが、論文の本質的な部分は、僕が書いた3行であって、その本質的な部分を着想した私の業績になる」、という主張は、I・氏には理解出来なかった。
 I・教授の書く論文は、確かに字句は他人のコピーはないけれど、アイデアに於いて世界で初めて、と言う業績は遂に一つも無く、全て、時の流行のテーマを追い掛けるだけの仕事であり、I・氏の没後に引用されることは全く無い。
 一方、I・氏が、「「99%が部下のBの書いた文章の論文だから、A氏は盗んだ」、と、批判していたA氏の業績は、世界中で常に高く評価されていた

プライオリテイ、とか、オリジナリテイとかの話題は、本当に難しいもので、旧制高校の[駄弁り]、のような修練を経ていないと、気楽な発言は出来ません。

それで、その感度が欠落しているI・教授は、内外の同業者からも、大學の同僚からも軽んじられ、まともに相手にされませんでしたが、運が良いと、その様な人でも帝国大学教授になると言う事もあった。
 しかし、I・教授よりも更に学歴の貧弱な松下幸之助氏は、I・氏を決して評価しなかった。
そして、ご自身の手法に真似した産業」、などと悪口を叩かれながら、立派な事業「松下産業」を築いて残した
のだから、矢張り最終的には、その人の資質でしょうか。

尤も、世界一の学術賞である筈のノーベル賞だって、随分といい加減な、ひどい事があるのを晩秋様は当然ご存知ですね。
ですから、まして、世の中一般ではその様なことが、有って当たり前。  なければ却って不思議です。

「矢張り、野に置け、蓮華草」。
忘れていましたが、言いえて妙ですね。
以上で、私の「晩秋ブログ」に捧げる挽歌とさせて頂きます。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

この種の議論は今迄にしたことがなかったし、今後もないだろうから、ついでに少し補足・脱線して書きます。
この種の話は1970年頃までは、日本の先端分野で仕事を進めている人達の間で、良く話題になり、討論・意見交換をした。 例えば、科学技術の成果を発表する時に、チームの中の誰と誰を発表者として、連名にするか、しないか、の尺度を、後進に仕込むのに、この頃の先輩は、良く話していた。

それが無くなったのは、矢張り戦後教育制度の影響が、特に旧制高校の廃止が効いている、と思う。
一億人に一人の資質に恵まれた松下幸之助ならば小学校だけでもよいが、千人に一人程度の能力の者は、高校の、あの洗礼を受けなければ、育たない。

佐久間先輩の言うとおり、高木先生の、「何がessentialで、何がtrivialであるか」は、旧制高校教育で注入された旧世代人の、最も大切な判断尺度であった。
そして、文学、絵画、など芸術関係の世界では以前から、模倣、剽窃、盗作の議論が多くあり、その時に、両当事者の主張は平行線で、各人の価値観の問題であった。
評価できない人には、既に存在するものを「真似した」だけに見える。 評価する人は、そこに新たな価値を見る。

本質的なものを感じる能力の、『差』であり、此処から「真似した産業」、などの20世紀の産業社会が生まれた。
しかし、歳月が経ち21世紀に入っても、価値観に鈍感な人には、それが理解できなくて、不合理に見えるだろう。

ブログの世界も見ていると、同様な問題を時折見る。
「お前は俺の文章を剽窃した」。 「こちらのエントリーの中心課題は別である」。
これ等の衝突は、盗まれた、真似られた、と主張する側だって、傍らから見て居ると、いい気なもの、と思う場面が多い。
自分ではオリジナルな発表をしている心算で居るが、日本の国際的評価を落とした、「銅鉄主義」で産み出された「そうですか」論文、の同類がある。
ここまでが、佐久間先輩の主張であり、私も老人だから、同感だが、

もうひとつ見逃せないのが、冒頭に述べたように、今回の[病気]の別因は、ギャランテイ型社会からベストエフォット型社会へ変換した処にある、と思う。
旧ギャランテイ型社会を知らない人、が多い現代にあっては、
私の様な両棲類の老人が、挽歌を書く責任が有ると思って、敢えて、これを書く。

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