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zoom RSS 「私等のブログ」、に付いて

<<   作成日時 : 2007/06/18 22:15   >>

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前回の私の記事★ 「美しい国」を作るための提案(7) 、に、「飼い犬に手をつかまれた男」氏から、コメントを頂いた。
良い機会であるから、そのコメントへの返答への補注を兼ねて、従来コメントを下さった方、今後も下さるかもしれない方へ、「私等のブログ」、に付いて、些か述べておきたい。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
   最初に、前回頂いたコメントへの、ご返答を述べておく。
「飼い犬に手をつかまれた男」様のコメント:
 『私の考えでは、「美しい国」という表現はちょっとあいまいで、いやらしい感があります。
  どちらかと言うと「優しい国」の方が望ましいと個人的には思います。
  そう有って欲しいとも思います。(2007/06/16)』

それに対する、私のご返答:
 『戦争中の生死を分ける厳しい場面で、最も頼りになり、自身の命を賭けて助けて貰えたのは、何時も立派なことを言っている「優しい人」でなく、逆に平素は頑固で全く人の意見を聞いてくれなかった人であった、のを体験している。
 佐久間象川先輩の最近の記事「★性悪説論者の弁(5) 」、に在った様に、言葉とは虚しいものである。
 「私は嘘を申しません」と言った財界人と、「私は罪深い」と言った神父と、どちらの言葉に嘘が多いか、である。

 同じ「美しい」という言葉でも、用いる人に依って意味が違うが、
  私は「美しい」と言う言葉自身は、いやらしい、とは感じません。
 寧ろ、私は「優しい」という言葉を、嫌らしく感じます。

 どの様な言葉を好かれるかは勿論、個人のご自由であって、「飼い犬に手をつかまれた男」様に、わたしが指図する事ではありません。
 が、私どもは、「優しい人」でなく、「行動の、美しい人」でありたいと思っている』

尚、晩秋氏:「美しい国」を作るための方法(2)
という記事もあることをご紹介しておきます。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

「私等のブログ」に付いて

世間一般でも、ブログというものは、種々雑多で、内容も、運営の姿勢も実に多種多様である。
あるものは、出来るだけ多くの人に見て貰うことを目指し、あるものは管理人のメモ帳であって、殊更に他人に見せることを目指さない。

「私等のブログ」の多くは、最初は仲間内のコミュニケーションの手段としてスタートした。
同郷の、同年代の数名の者が大体時期を同じくして、夫々のブログを作った。
中には当初は自分ではブログを持たずに、他人様のブログに専らコメントを入れていたが、後になって、自分のブログを発足させたR君の様な者もいる。
また、そのブログを非公開にしているので、仲間以外の人はアクセスできないY君、ドジ君や、逆に、同郷の学校の同級生でありながら、かなり離れた立場で独立のブログを運営しているA君も居る。
「私等のブログ」にも、いろいろある。

「私等の」、ではないが、「近しい」、ブログもある。
 同郷でもなく、顔見知りでもないが、何度かコメント、TBを繰り返す間に、何時の間にか、何とはなしに、「私等仲間に近しい感じ」でTBを繰返すようになったB氏のようなケースもある。
 更に距離が遠くなると、最早「私等の」とは言えないが、非常に頻繁にコメント、TBを繰り返すI氏、S氏、T氏、のようなブログとの、「親密な」交際もある。
例えば、I氏は自分のブログを立ち上げる以前から、仲間のP君のブログに鋭いコメントを入れていた。
またS氏は、当初私が毎日欠かさずに、ブログにエントリーを入れていたのが、長期旅行で中断した時に、心配のコメントを入れてくれた、とか、いろいろの経緯で、頻繁なコメントを繰り返すようになった間柄。
 これ等のブログとは、今後もTBの交換は続くであろう。

★「私等のブログ」は全て、当初から、殊更に他人に見て貰うことを目指さないもの、であったことは、初期のブログにランキングを上げるための勧誘を辞退している痕跡が残っているので、見て頂ければ分るだろう。

それにしても、現状は我々のブログはかなり閉鎖的である。
毎日、かなりの数のコメント、TB、が入るが、殆ど全部を消去している。 {その数はブログに依って異なるが、新規エントリーが少ないのに、Sブログには一日に100件ほどのコメントが入る}。
上記の「私等仲間の・」、「仲間に近しい感じの・」、「親密な・」ブログ以外のコメント、TBは、殆どは消去している。


それは何故かと言うと、営業広告や、不倫勧誘等を除外しても尚多数あるコメント、TBは、相手にするに値しないものが殆どだからである。
コメントとは、本来はエントリーの内容に対して意見を述べるモノの筈である。
それを、記事の内容も読まない人間がコメントを入れて来ても、相手にする必要はない。

我々の仲間内では、コメントする時には、当該記事の内容だけでなく、其処に引用されている関連資料の中味まで読んでからでないと、コメントを送らない。
 それは、エチケットであり、常識である。
非常識な人間は相手にする必要はないのである。


★今回の「飼い犬に手をつかまれた男」氏は、明白に今回の私の記事を見て、コメントしている方だと分るから、此処で私は対応している。
 これが普通の姿だと思うが、中々世の中はその様に行かない。

1,2の例を挙げると、仲間のP君が  ★広島原爆60周年(1) 、という記事を書いた途端に、「原爆擁護論?」、とのコメントが入った。
原爆開発の歴史概観と投下決定までの経過について書いた、歴史記述なのだが、このコメントを入れた人物にはそれが理解できなかったらしい。
何でも敵か味方かに分けて、喧嘩する以外に知らない狂犬の様な人物で、客観的な歴史記述などというものは、知らないのだと思う。
が、その程度の貧弱な頭脳だから、その記事が原爆の非難か、擁護か、つまりP君が彼の敵か味方かが分らない。
分らなければ黙っていれば良いものを、それが出来ないので疑問符をつけて、「原爆擁護論」、とのコメントになったらしい。


 また、2年前にP君の「★日本海海戦100周年」が、好戦的だとの、非難のコメントが有った。

京都大学教授という、大層ご立派な肩書きを持つ人物だが、「日本海海戦」という標題を見ただけで、記事の中味を全く読んでいない非難なのは明白だから、P君は、馬鹿馬鹿しくて放置した。


 それを許せない仲間の一人が
「日本海海戦100周年」に就いて、を書いた。
この様なことが何度か重なる内に、最近の「私等のブログ」の多くは、コメント、TBに対応しなくなった。

人間は全く同じ考えの人は寧ろ存在しないのが自然であり、何かの意見の相違が有るのが当然である。
意見の相違を、コメントでぶつけ合うのは、寧ろ愉しくもあり、有益な事である。

上記のT氏は、(どちらから先に接触したのか記憶していないが)、我々仲間の誰かが「貴方とは、いろいろな点で考えが違うが、この事に関しては意見が一致する」と述べてコメントを送り、それ以来、親しい交際になり、現在は上述の通り非常に頻繁にコメント、TBを繰り返す関係になっている。
 意見の相違を相互に承知していることが、親密さに障らないのである。

尤も、T氏は年齢的にも我々とは「非常に」離れている、と言うほどでもないので、意見が違うと言ってもそれ程大きな違いは無く、60%くらいは見解が一致する。
人間同士としては、この程度の相違ならば上等なのだ。

m氏という人物のブログを我々は良く読むが、この人はT氏よりも更に一回り以上若いので、その見解は我々とは30%くらいしか一致しない。
 但し、この人物は大変な読書家であって、その読書感想文から、私共老人が時代的に知らずに過ぎてきた事を教えて貰うことが多い。
 そして、意見が相違しても、相手の言う事をキチンと聴くという態度の持ち主であるから、コメントを交換しても不愉快さは無い。
 例えば、我々老人は死刑を含めて厳罰で、社会の安全性を防衛すべきだと考えるが、若いm氏は死刑廃止論者である。

その様に、意見とか、主張、趣味・嗜好の差は、人間の交友の障害にはならない。
しかし、記事の内容も読まない人間がコメントを入れて来ても、交際する気にはなれない。
  

それから、もう一つ、我々の仲間内では、コメントを送るときにも、文章を練り、できるだけ簡潔にして送る。
思い付いた事をむやみやたらに文字にして長文のまま送るのは、読む相手の貴重な時間を消費させ、負担を掛けて失礼である。
思い付きの草稿を自分で一日くらいも時間を掛けて推敲し、100字に纏める文章を作れば、相手は時間も労力も少なくて済むだけでなく、多くの場合、その方がこちらの言いたい事がよく伝わるものである。

この様な、仲間の考え方を知って頂くには、
  佐久間先輩の ★「ブログ記事の文章」: [2005/09/16]
  P君の記事:★ ブログ記事の記述法(2)
を参照されたい

私は能力がないから俳句を作れないが、A君のように、俳句を作る人が羨ましい。
A君のブログは、締め括りの17文字で、私なら1717文字を要する内容を伝えるのだから。

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★自分のブログを持たない、乃至は相手にされないブロガーが、他所のブログに自分の意見を送るのは良いが、送るのでなく、押付けているのを、よく見掛ける。
 記事の管理人が何を言っても、自分の意見以外は読まない、聞く耳を持たないのだから、コメントの応酬はあっても、論理の進展にはならない。
 押し売りみたいなものである。

この「押し売りモドキ」:、相手の言う事を聞かずに自分の意見を押付けるやり方は、TVで普及したやり方で、田原などという人物が利用して、若い人達がTVを見ることに依って大層毒された、と言う人が居る。  それは間違っていない、が、しかし、

この方法の考案者は、日本人ではなく、米国人である。
若い人は知らないと思うので、此処に書いて置くが、この、「押し売りモドキ」方法、の遣り方が、世界的権威を持つ、米国の技術関係の学会雑誌(Proc.IRE)、に昭和30年頃に掲載されている

  のを、注意しておく。

私自身も昔の記事で紹介したような気がするが、只今直ちには思い出せないので、後で判明したら、此処に嵌めて置く。
標題だけは、明確に記憶しているが、「議論に、絶対に勝つ方法」、と言うものであった。 
田原総一郎は誰かに教わって、それを利用しているのであろう。

★宗教家ではないから、一億人の中の、物分りの悪い人間を相手にして貴重な時間を使うのは嫌である。

たった50年か、100年だけ、許された人生であるから、無駄な時間は遣いたくない。
「自分で発言するときには、相手の言う事を確実に消化してから意見を述べる人間」、しか相手にしたくない


それで、「私等のブログ」は、気心の知れた仲間や、「親密な」ブログ以外のコメント、TBを抑えるようになった次第である。

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「飼い犬に手をつかまれた男」さんは、前回の私の記事は読んで頂いた事は分るが、それ以前のものを見て頂いてないことも、分るので、以上のことを申し述べました。
 以前から私のブログを見て頂いていた方には、既に何度か述べた事ばかり蒸し返したが、それは、今回のご意見にご返答する注釈ゆえ、ご寛容下さい。

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内 容 ニックネーム/日時
キャズ様、ご意見は確かに伺いました。しかし過去に書かれた貴方のブログ全てに目を通す為にはかなりの時間を要すものであり、実際私には困難に思われます。前回、私が述べた「美しい国」の表現が何故いやらしく感じられるのか、について補足させていただきますが、このあいまいな一語によって全ての有権者を取込もうとする作為を感じるのです。貴方のかんがえる「美しい国」と安倍氏の主張する「美しい国」は、果たしておなじものでしょうか。
飼い犬に手をつかまれた男
2007/06/18 23:28
飼い犬に手をつかまれた男・様
私は、コメントをする時には、その人のブログ全てを目を通してからにしろ、等とは言っていません。それは困難であり,要求すべき事ではないからです。
そのコメントを入れる当該記事を読んでからにすべきだ、と言っているだけです。

『同じ、「美しい」、という言葉でも、用いる人に依って意味が違うが・・』、という私の表現が、今回の再度のご質問に応えている、乃至は、その様に読み取って頂く事を期待したものであった、とご理解下さい。
変人キャズ
2007/06/19 04:54
Bブログとは、私のことだと理解します。コメント、TBを何時も受け入れて頂いて有難う御座います。
旧陸軍と海軍との違いはあるが、皆様とは年代も、考えも近いので、「準・私等」として扱って頂けるのは幸いです。
一つ、お断りして置かねばならぬ事が有ります。私は皆様からのTBなど消去しませんが、何故か、私のブログには、リンクが入り難いようで、よく叱られます。 メカの問題であって、私が皆様のTBを消しているのでない事をご理解下さい。
晩秋
2007/06/19 06:59
戦争末期に軍部に迫られて、沖縄で集団自決をした人達の生存者へのインタービュが昨日NHKで放映されていた。教科書検定問題に関しての取材だった。
矢張り、目の前で、親族・友人が死んで行く激しい場面に直面した経験者と、知識として知っている人とでは決定的な断絶があることを、考えさせられた。
この記事の「飼い犬に手を・・」氏にしても、m氏にしても、頭は良い人らしいが、現実の厳しさを体験してきた人の心情を本当に理解する事は出来ないのが分る。
私の様な国粋的と一般には批判されるような人間が、中国の反日感情をある程度理解したり、麻生千秋氏の様な人でも、戦争が有ったことを理解できなかったりする。
体験しない事は本当には分らない、というのが、人類の限界なのだろう。
晩秋
2007/06/22 04:06

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