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zoom RSS 「美しい国」を作るための提案(7)

<<   作成日時 : 2007/06/16 19:11   >>

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前回のエントリー{★「美しい国」を作るための提案(6) }、の補足である。
人の善意が素直に通じ難い世の中になった話を前回に書いたが、
改めて思えば、これは昨今になって急に発生した社会現象ではない。

 以前にも書いているが、もう40年位も前の経験談を一つ。
ある日、乗用車で走っている時に、にわか雨に遭遇した。
車のワイパーを動かして、歩行者の全く居ない道を暫く行くと、・ ・

前方のバス停で、女性が濡れて立っているのが見えた。

乗せて行ってあげようと思い、車を停めて声を掛けたが、彼女は乗車を断って、立ち続けた。  相手が遠慮しているのだと思った私は、更に繰返し乗車を勧めた。
すると、突然、彼女は持っているバッグを開いてお金を取り出し、車の窓越しに、私に差し出した。 
私は驚き、呆れて声も出なかった。



「見知らぬ車に乗せて貰うな、声を掛けられたならば断れ」、
   は現在では常識であり、子供への躾けの一部になっている。
しかし、半世紀前の日本では、それは常識ではなかった。
その女性の反応に、私は吃驚した。


当時は、にわか雨の時に路上で、傘を持参していない人に、傘を差している人が声を掛けて、一緒にはいって行く。  見知らぬ人同士でも、その様なことは、よく有ることだった。
私のしたように、車で走行中に、夜とか、雨とかの路上で、見知らぬ人に声を掛けて乗せて上げる、又は、乗せて貰うのも、普通にあることであった。


その様なことをしないように、と小学校の先生が学童に教育するようになったのは、
何時からだろうか。  何故だろうか。  世の中の何が変わったため
 だろうか。

数百万年の時間を掛けて、猿から人間に進化しても、DNAは殆ど変わっていないのだから、半世紀の間に人間の頭脳構造が変化したとは考えられない。
社会の変化が、人間の行動様式を変化させたのである。

「人を見たら、泥棒と思え」という言葉は、昔からあった。 
しかし、半世紀前の人間の行動様式は上記のとおりであった。
私は、この変化の誘因は、家庭・学校・社会教育、の変化で、
   最近の人には想像力が育っていない、ためであると思う。


 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

東京港に入港していたパキスタンの軍艦が、秋葉原に出掛けていた乗組員十名が帰艦していないが、昨日6/15に、そのまま出港し、警視庁が行方を探している話、が報道された。
 それを見て、思い出したことがある。
以前にピアニスト君が書いた経験談である。{★道路駐車違反取締りの制度
現代人には想像力が育っていない、という話題に関係するので、そのピアニスト君の記事の内容に触れる。

これも40年ほど前であるが、フランスの軍艦が晴海に入港して、日比谷に遊びに来ていた乗組員が、帰艦の門限が時間的に厳しくなった時に、 ピアニスト君が助けてやった話である。

その時に、晴海に向かって急いでいる彼の車を停めて、無用な酒気帯び運転の検査をした警官は,
フランス海軍の兵士が門限に遅れそうで時間がない、とピアニストが事情説明をするのに、耳も貸さなかった。


現在の日本には軍隊が無く、警官は軍隊の規律の厳しさを知らないので、そのような間の抜けたことが出来たのかもしれないが、私等には信じられない思いである。

戦前の日本で、陸軍と警察とが、同様な問題で大騒ぎになった事件が有った。
外出から帰営を急いでいた陸軍の兵士を警官が停止した為に、陸軍省と警察の最高責任者が衝突して、内閣の重大問題になった事件である。
戦前の歴史など、その警官は知らないかもしれないが、戦前派の私には驚くほどの非常識である。

此処にも、常識の時代変化が、見られる。
彼等フランス海軍の若者の人生がどうなるか、 という瀬戸際である。


ピアニスト君が酒等飲んでいないのは、一寸話して見れば分る筈なのに、
それを引き止めて、フランスの若者の人生を狂わし、昨日のパキスタンの軍人の様な目に合わせたかもしれないのを、あの警官は考えられなかった。

知識の不足の問題でなく、想像力の貧困が原因である。

尤も、昨日のパキスタン軍人の場合は、或いは脱走ということが有るかも知れないので、あまり此処で断定的なことを言うのは控えた方が良いだろうが、一つの可能性としての話である。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

昨日のエントリーの結論部分に書いたように、思考の馬鹿馬鹿しいマニュアル化が進行して、人間同士の信頼感とか、人情の機微が失われるようになっては、「美しい国」なんて、実現できる筈はない。

何故、その様な方向に向かって社会が硬直化してきたかは、考えて見ると、安っぽい「人権屋」がプライバシーだとか、自分らで理解出来ない言葉を振り回す為、であると私は考える。

彼等は、自分では随分と良い人間であると自惚れているが、
実は想像力が不足している未熟な人間である。 
そのため、被害者の悲しみをを心に描く能力、が不足しているのである。

加害者が罰を受けることの切なさは考えるが、それは頭で考えるだけ。
心で考える事ができないから、被害者の悲しみ、悔しさは分らない。

人権屋でなくても、マスコミ人種にも、同種の手合いは多い。

先日も幼児数人を撥ね殺した事件が切っ掛けで、酒気帯び運転の罰則が強化されたとの報道を伝えるNHKアナが、
これで被害者家族も主張が通って、良かった・・」、と言っているのを見て私は呆れた。
この罰則強化は、被害者家族の意趣晴らしのためではない。
全ての国民の安全のために・・、という考えだが、このアナウンサーには理解できていない。


国民全体の想像力が低下して、 この問題で、大きな声を上げるのが、現実に家族を失った被害者ばかりだから、
この間抜けなアナウンサーは、思い違いをしたのだ。
本来は、マスコミが騒がなければならぬテーマ、だったのだ。



自分の家族が強盗の被害に逢って死亡した時に、何故警官はあの時に犯人を射殺してくれなかったか,と騒いだ死刑廃止論者と同様の、想像力不足だ。

マスコミも、いい加減なものである。

その、「いい加減さ」、も想像力の欠如から来る。
自分の家族が現実の被害者になるまでは、想像することが出来ないためである。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
初めてお邪魔します。「飼い犬に手をつかまれた男」と申します。長たらしい名前ですが良い名が思いつかないので。私の考えを述べさせて貰うなら、「美しい国」という表現はちょっとあいまいで、いやらしい感があります。どちらかと言うと「優しい国」の方が望ましいと個人的には思います。そう有って欲しいとも思います。
飼い犬に手をつかまれた男
2007/06/17 16:56
飼い犬に手をつかまれた男様:
コメントを、有難う御座いました。
次回(6/18)エントリーで、ご返答致します。
要するに、同じ「美しい」という言葉でも、用いる人に依って意味が違うが、私は「美しい」と言う言葉自身は、いやらしい、とは感じません。
 寧ろ、私は「優しい」という言葉を、嫌らしく感じます。
 どの様な言葉を好かれるかは勿論、個人の自由であって、「飼い犬に手をつかまれた男」様に、わたしが指図する事ではありません。
 が、私は、「優しい人」でなく、「行動の、美しい人」でありたいと思っています。
変人キャズ
2007/06/18 22:34

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