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zoom RSS 感度の有無 (8):人類の限界

<<   作成日時 : 2006/10/25 21:32   >>

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私は今までに、何人かの人の埋もれた業績、に付いて書いてきた。
世間的に華やかな評価を得ては居ないが、人類の歴史に対し、或いはその人の属する組織の存立に、大きな貢献をした人の業績の話を書いた。
今回も、今まで私が全然知らなかった人物のことを読んで、感銘を受けたので、此処に記しておく。

10/22の毎日新聞の書評欄で、 「ビッグバンの父の真実」、という本の書評を見たのだ。  私は最早老化が進み読書力が落ちて、本自体を読む気力はないが、書評で得た知識を書き残しておきたい。  書評から、そのまま引用すると、

ジョルジュ・ルメールという人物の、科学上の業績、である。
彼は1894にベルギーで生まれたカトリックの司祭である。
ベルギーで年老いた母と共に暮らす生活の中で、一人研究を続けた人物で、世間的には殆ど知られていない。 ・ ・ が、

この人は一般相対性理論が、非定常的な宇宙を示している事に気付き、膨張する宇宙という、今日では良く知られた認識、の理論構築をし、現在の宇宙論に大きな貢献をした。
アインシュタインとも何度か会って宇宙論を交わしていて、その話も非常に面白いのだが、それ以上に、
老境に入った現在の私の関心を引くのは、「宗教と科学」の話である。

イエズス会の高校で、創世記の一節が科学の発展を予見するように思う、と発言したルメートルは、
「科学と宗教を注意深く区別せよ」、と教えられ、終生それを守った
 とのクダリである。


その彼だからこそ、宇宙を鋭く見つめられたという事実が、何かを教えてくれている気がする」、という書評の締めくくりは、流石この評者、中村桂子氏だ、と感心した。
本当に創造的な能力とは、そうしたものだろうと、感じるのである。

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★相対性理論の評価を巡って、アインシュタインが不本意な宇宙常数(A項)の導入に拘る部分も興味深いが、その話で思い起すのは、(人類滅亡論[2]人知の限界 ◆超科学(2): [C-3] )に述べた、Buckminster Fullerのことである。
Fullerは1935年の著作の中で、Einsteinの相対性理論、特にE=MC2 という関係を論評し、この理論で予見されるエネルギ−が、これからの人類の生活を変える、と述べたが、アインシュタイン自身はそれを理解しなかった。
それは、オット−・ハ−ンが核分裂の実験を始める数年も前であり、大変な先見性であったのだが。

人類滅亡論[2]人知の限界 ◆超科学(2)  の冒頭に

『科学の新しい理論とか思想は、その時点での常識を覆すところから出発するから、生みの苦しみを伴う。
物理学の新理論の受入れは、説得ではなく、旧世代の死滅に依る、との経験則も有るくらいである。
さらに、厳しい事実であるが、新しい理論の提唱者自身が、その価値を理解できない場合が多い』
、と書いた。

そして、科学の新しい理論とか思想の価値は、それを産み出した、百年に一人の大天才でさえも、評価を誤る程難しい、ことの実例として

 ▲電磁気学理論の創設者マックスウェルや、▲電磁波を立証したヘルツが、 己の学問的業績の成果が人類の歴史に及ぼす影響の大きさを理解出来なかったことを挙げ、  これに引続いて、

 ▲上述の思想家・建築家Buckminster Fullerが1935年にEinsteinの相対性理論、特にE=MC2 という関係で予見されるエネルギ−が、これからの人類の生活を革命的に変える、と述べたことを紹介し、
 更にEinsteinは、そうは思わないと反論している事を紹介した。

▲1935年のBuckminster Fullerの意見とEinsteinの反応は、今回読んだジョルジュ・ルメールの業績に対するEinsteinの反応と、似たところが有る。
Buckminster Fullerが思想家・建築家であり、ジョルジュ・ルメールがカトリックの司祭であるところも、面白い。

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◎こうして、人類としては特別に優れた人達の間でも、この様なことが有ってみると、人類という生物種の限界が、この辺にあるのかもしれない、と思う。

 仲間の今までの記事の中から、「100メートルを9秒台で走る人達」の、その辺の話題に付いて述べた記事を、この際、集めてみよう。
俄かに思い出せないものは後からリストに追加するとして

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人類という生物種には、それなりの限界が、あるだろうことを
 ▲感度の有無(1)・きらり [C-127]、とか、▲感度の有無(4)民主主義 [C-130]
、などに書いた
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★個々の天才の能力でなく、
  人類全体でも知能の限界はこの程度か、と思わせた具体的な例は、
  ▲「考える葦」[C-23] 
にある。 : 「月面着陸を実現するまでの月面風景の想像」、 「金属整流器の整流理論」、 などの幾つかの話である。
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見識を持つ人間が社会に受け入れられなかった例、才能が無駄遣いされた例、は無数に有る訳だが
  ▲出逢いの問題(3)社会環境の運 [B-11]:
には、電気抵抗で有名なオームは当時人気のヘーゲルの弁証派理論に逆らったため、友人も失い、結婚も出来ず、孤独の内に亡くなった話が
  ▲「再審決定」 [C-56]:
には、採用試験に外れた学生は都落ちし栄光への道から外れたが、20年以上もの後に、時の話題となったカニ星雲の電波が、正に彼の論文通り、シンクロトロン放射によることが明らかになった話が。
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★組織にとって、大変に重要な働きをしながら、
  後の世の歴史家に無視されている例として、
  ▲「人間の評価」に就いて(1)真田幸貫: [B-28]:
    に、真田幸貫、小栗豊後守の話が
  ▲歴史認識(2) [A-13]:
  に、大学紛争の最中に、Y君の大学で教授会構成員に学生を加えようとし、全ての教授が沈黙して決まりそうになった時に、その決定を阻止したのは、本来教授会では発言権の無い庶務課長O氏と、O教授であった話がある。
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事実を知る人が発言をしないため、他の人達に、周知されない、と言う事態も有り得る、という話。  例えば、戦場で、或いは海難の漂流船の飢餓の中での人肉食の話を、体験者の誰もが口にしない。  その辺の話が
  ▲「ホージンノススメ」へのコメント [B-31]   にある。
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★まして、自分自身が厳しい体験をした人達とはそういうものかと思う例が
  ▲一戦中派の感慨 [A-4] 、 に幾つかある。
▽超一流の科学上の業績を上げ続けるので有名なワイツマン研究所、の指導者である マナッセンは夫婦共、戦争中アウシュビッツに強制収容される前は、アムステルダムで(アンネの日記の)アンネ・フランクと同じ学校に通って居た。  「二人のピアニスト」君が夕食に招かれた時、彼等はこの事は一言で済ませ、それ以上の話はしなかった。
イスラエルの第2代大統領、 カチャルスキ・カツイ−ルと会った時に、
 「二人のピアニスト」君が共通の知人のマナッセンの話を出したが、 カツイ−ルもこの件に就いては,それ以上の話はしなかった。

▽往年のテニスの名選手リチャ−ド・ウイリアムは、タイタニックに乗船していたが、結婚後30年間、妻にその事実を話さなかった。 
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◎その一方で、人類には、確かに途方もない能力や先見性を持った人物も居る。

私などにはその偉大さの見当も付かない人物が存在する事も事実である。
例えば、モツアルトが作曲したり、聞いた曲を記憶する時の頭脳の中で、どの様に音楽が描かれていたかは、想像だに出来ない。
あの作曲の量と速度は、我々の感性で処理したのでは物理的に有り得ないものであったから。

  ▲人類滅亡論[2]人知の限界 ◆超科学(2) [C-3]  
の中にある話: 例えば

第二次世界大戦は発端から終結迄、H.G.ウエルズ、及び水野広徳の予言した通り、の筋書きで推移した。
なお、日露戦争の最中に死去した小泉八雲も、日本が対露戦勝の後に、先進国連合と戦って壊滅する事、を予想しているのに驚く。


★最初に戻って、繰返すが、アインシュタインも及ばなかったほどのルメートルが、高校で、「科学と宗教を注意深く区別せよ」と教えられ、終生それを守った、とのクダリと、
「その彼だからこそ、宇宙を鋭く見つめられたという事実が、何かを教えてくれている」、という指摘
 に、感動し、いろいろと物思うのである。

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