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zoom RSS 感度の有無(3)原爆関係者

<<   作成日時 : 2006/08/06 23:54   >>

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 昨年のこの時期には、「二人のピアニスト」君は、
広島原爆60周年(1) [A-14]:[2005/08/6]} 、{広島原爆60周年(2) [A-15]:[2005/08/7]}、{広島原爆60周年(3) [A-16]:[2005/08/8]}、などを書いた。

「今年は、その気も無くなった。 その代わりの記事を書きながら、
ロスに住み付いたMさんのこと、{「出逢い」に想う(1)[A-18] }を思い出した」
 、などと書いている{ホロニャックと、枡岡氏(1)}、{ 同:(2)}。

実は、彼がこの様な気持になった事に就いては、事情が在ることを、私は承知している。  それに就いては後に述べる。 兎も角、気分が乗らず、今回は原爆の話を止めたらしい。
しかし、本日は、広島原爆61周年の特別な日である。
私は資料もないので、替わって書くことも出来ないので、
昨年の彼の3本の記事の中から、部分的な抜粋を集めて、
  今日の日のための記事とする


 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


◎ {広島原爆60周年(1) }、には、

原爆開発から投下までの経緯の、歴史的概略
   の解説が、述べられている。

米国に逃避した亡命科学者達が、ドイツの原爆開発を怖れ、ルーズベルトに原爆の開発を提言した理由の一つは、当時第一級の優れた物理学者である、ハイゼンベルグが、ドイツに留まっていたことであった。

ハイゼンベルグ自身は、ドイツの若者達のために留まっていたそうだが、彼がドイツにいる以上は、原爆を開発する可能性があったから、 オッペンハイマ−は、親しかったハイゼンベルグの暗殺計画、まで実行しかけていた事が、後にバレた程である。

★原爆の政治史の理解には、ポツダム会議(1945/7/17〜8/2)、の時点に於ける、各国の思惑が大切である。
1945/4/12 にルーズベルトは死去(63歳)し、 副大統領のトルーマンが大統領に就任した。

★トルーマンは、ソ連参戦の前に、日本の降伏、を得たかったが、
  ソ連は逆に、原爆投下以前の対日戦参加、の既成事実を作りたかった。

 ▲ ルーズベルトに当初、原爆開発の提言をした物理学者、レオ・シラードは、
  1945/7/17、科学者有志69人と共に、トルーマンに手紙を送り、
  日本へのデモンストレーションを提案し、原爆投下に反対した。

 ▲7/22 チャーチルは、「原爆は最後の審判だ」、といい、
  原爆使用派のトルーマンに、好感を持たなかった。
. . (ルーズベルトは、「脅しに使える」、という考えであった)

こうした流れの中で、米国の良識派は日本が早期に降伏して呉れる事を期待し、
強硬派は対ソ外交への思惑も含めて、原爆の使用を急いだ、ということだ。


★この様な歴史の進行の理解の上で、
 変人キャズのブログに紹介された、事実の意味、が理解出来る

「ドイツ降伏後の、広島原爆投下の直前に、
ハイゼンベルグからの、仁科氏宛と嵯峨根氏宛の手紙が、
米軍機により、広島に投下されました」、
という事実の意味が、理解される。


原爆投下直前という時期。 ハイゼンベルグという人物。 大統領の交代。 これ等の事実と[意味]を、敢えて解説した次第です。


◎ 広島原爆60周年(2) }、には、

歴史事実を知る事と、理解の間には、距離のあること。
終戦と原爆投棄の事情の、歴史的解説

  が述べられている。

★例えば、原爆など使わなくても、日本は降伏するに決まっていたものを、云々、
 と言う議論を良く目にする。

 戦争中を通過してきた私は、この様な議論には、非常に懐疑的になる。

1945年8月15日に至っても尚、日本が降伏するかどうかは不明であったのを、私より若い人達は、何処まで承知しているだろうか。
と言うよりも、説明を聞いても、理解出来ない、のではないか。


昭和天皇が大層心配して、終戦の詔勅を録音し、其れをラヂオ放送する手筈を整えた後でも、 まだ、
その録音盤を奪い取って、放送を阻止し、 場合に依っては
天皇の首をスゲ変えてでも、戦争を継続しよう
   という動きがあった。

彼等がすんでの処で、録音盤を奪取し損ねたために、終戦が実現したのである。
前線の狂信的な一部の軍人でない。
千代田区の皇居内で、この様な活劇が、現実に有ったのだ

勿論、広島、長崎の原爆が投下された後の事である。


戦争の怖ろしさとは、こういうことである。




 {広島原爆60周年(3) }、には
上記の様な諸事情でマスコミが知らない事を伝えようとして、虚しかった事に付き、感想をを述べている。  情報伝達の在り方の問題である。


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★『感度の有無』は、能力の問題で有り、善意・悪意とは別である。
前述のマスコミの態度は、明確な悪意である。
自分の見当違いが明らかになると、それを認める代わり、突っ張るのである。
しかし、同様な例はマスコミに限らない。

ブラジルの勝ち組、負け組、の話でも、知られている。
当初は、自分の感度の悪さのために、日本が勝ったと主張したのだが、 後に矢張り実際は日本が負けていたことが分っても,私が間違っていたとは中々云えない。
「自分の意見と対立した事が、怪しからぬ」、という部分だけが残る。

★実は「二人のピアニスト」君が、今回の様な気持になった事に就いては、言論の自由の観点から、かなり大きな問題が在ることを、私は承知している。

@昨年の「日本海海戦100年」の記事に対し、オツムの弱い、左翼的な人物に、戦争賛美だ、とピント外れを言われて、嫌気が差した事があった{日本海海戦 101周年 :[B-41]参照}。
同様に{広島原爆60周年(1) }、を原爆擁護論とする、『感度の無い』TB
が入ったりしたのだから、世の中にバカが居る事は分っていても、嫌になって当たり前とも思う。

Aこれは証拠不十分であり、改めて詳細を述べたいが、上記とは逆に右翼的な勢力に依って(無言ではあるが)記事作成に妨害が入っている節がある。
それも、彼自身の記事に依ってでなく、大変に攻撃的で過激な某ブログが彼のブログに好意的であるための、トバッチリらしい、という。

そのごたごたで、今回は原爆の話を止めたらしい。

★本日の原爆物語に就いて、マスコミは、その後も、『感度の無い』状況に変わりない。
私は資料もないし、替わって書くことも出来ないので、昨年の彼の3本の記事の中から、部分的な抜粋をして、今日の日のための記事とした。

内容的には、文献として新しい話は何も無いが、相変わらず一般的に周知されていない、という意味では、今日の日付のエントリーとして残す意味は有るだろう。

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[後註]:2006/10/7までに書いた、「人間の感度」の関係記事は以下の通りである。
★[C-127][2006/07/27]:感度の有無(1)・きらり
★[C-128][2006/07/27]:感度の有無(2)・悪党
★[C-129][2006/08/6]:感度の有無(3) 原爆関係者
★[C-130][2006/08/12]:感度の有無(4)民主主義
★[C-131][2006/08/15]: 感度の有無(5)交通警官
★[C-132][2006/08/21]: 感度の有無(6) O電鉄・バス
★[C-136][2006/10/07]:感度の有無(7)小泉内閣

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