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zoom RSS (独り言86)「ある日本的国際交流」−研究者倫理の変遷

<<   作成日時 : 2005/09/23 06:20   >>

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「ある日本的国際交流」−研究者倫理の変遷   88.10.11

 20年以上も昔のこと、インドの某大学の電気工学科講師 S が、日本に留学に来た。  S を受け入れたD大学の研究室では、A 教授があまり英語を話せない上、実際の研究活動は若手の B 助教授を中心に進行していたこともあり、 S の世話は B が専ら当たった。  ところでこの S の留学は本人にも、また受け入れ研究室側にも実に不幸な結果を遺すことになった。

★ S は実験は一切手伝わなかった。  インドでは手作業労働は下層階級の仕事であって、彼の様な上流階級の人間はしてはならない、 とのことだった。  身体を動かさなくても研究上のアイデアなどの寄与があれば良いのだが、 S は研究テーマの理解すら覚束ない位で、これは全然無理である。  こうして S は研究室活動には全く協力しない粗大ゴミに過ぎなかった。

★ ところが、研究が進行して良いデータが出だすと、S はその内容を盗み、自分の個人名で米国の学会雑誌にこっそり投稿してしまったのである。
S は、B と顔を合わせると口論になるのに、A教授と話をすると、何を言っても「イエス、イエス」と笑顔で言うものだから、A は自分に理解のある良い人だと思い込んだ。  実は、英語のよく分からないAはSが何を言っても 「うん、うん、」 と言うくらいの気持ちで 「イエス、イエス」 と言つたのが、 間違いの元だった。


★ B は問題の学術雑誌の編集者に宛てて、この間の経過を書き綴つた手紙を書いた。  ところが、これをA教授が押さえた。

「君が研究成果を盗まれた位のことは大したことではない。  が、その様な手紙を国際学術雑誌に載せるのは非常にみっともないことで、D大学の名誉を傷付ける。  それ以上に、日本とインドの国際関係を損なうものであるから、止めるよう」

とのことであった。  止むを得ず、B は涙を飲んでこの一件は終わった。


★ この人の良いA教授のような人が日本では出世する。  見識の問題ではない。  彼はその後D大学の役職を歴任し、 国立大学を定年退官して後は、私学の学部長となって、大いに社会的影響力を発揮した。  研究のプライオリテイーに拘った B は、一介の平教授で終わった。

最近の日本化学会誌の二重投稿事件では、「研究者のモラル」が問題にされている。  日本も変わったものである。




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註記★:「私の独り言{前置き[1]}:2005/4/21」、に述べた理由で、このシリーズの記事を多数並べているが、これらの中で筆者として最もお読み戴きたいのは、次の2編です。
◎[11]私の独り言{明治生まれ:1979/5/26}[2005/7/6]
◎[9]私の独り言{血税の使い方:1978/4/5}:[2005/07/04]
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註記★★:同郷の友人達のブログ記事の幾つかを、佐久間君が、「カルタゴの旅」、にリストアップしています。

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