変人キャズ

アクセスカウンタ

zoom RSS 私の独り言 {明治生まれ}

<<   作成日時 : 2005/07/06 05:08   >>

トラックバック 3 / コメント 0

 明治生まれ                       79.5.26

 二人の明治生まれの老人の訃報に相ついで接した。
死に面してこそ、人の真価が現れるという。
 無名の二人の死にざまに、私は世間的知名度の高さというもの、ひいては社会の仕組みのいい加減さについて、改めて考えさせられた


 Tさんは農家の長男に生まれた。  ひたすら土に生きた80年の生涯をガンで閉じた。
己れの病名を知った後も、人前ではグチもこぼさず涙一つ見せなかった。
 亡くなる前日には数多い弟妹甥姪を枕許に集めて、一族の融和を説き、後事を託してから病魔との最後の苦闘に入った


世に高僧の誉れ高かった人でも、ガンの宣告にとり乱した例なども聞く。
名もないTさんの最後はあまりに対照的であったであった。



 Yさんも79年の生涯をガンで閉じた。
13のとき父親を失ったYさんは、裁判所の給仕などして苦学して自立し、しかもその間に弟を大学まで出した。

 今から20年ほど前に、Yさんの姉が強盗の凶刃に倒れるという不幸があった。
その葬儀の日、多数の会葬者の前で温顔で平静に振る舞うYさんの姿に、大学生の息子は父の悲しみがさほどでもないと安堵した。
告別式が済み、火葬場に向かう霊柩車には、Yさんと弟と子息の3人が添乗した。
車の扉が閉じられ、人目がなくなった瞬間、Yさんと弟はワッと大声をあげて号泣し斎場に着くまで止まらなかった。
斎場に着くと、2人は涙をふきとり平穏な面持ちで車を降りた。
 その間2人の間には、一言の会話もなかった。
 昭和生まれの子息は、父の悲しみの真の深さと、表面の平穏さは演技にすぎぬことにはじめて気付いた。



 昨年秋、Yさんの手おくれのガンが発見された。  以来、半年間の入院期間中、家族は病気がガンであることを当然本人にひたかくした。
そしてYさんの演技が始まった。
 Yさんは最後までガンであることを知らぬフリをし、病気回復への希望を捨てぬフリをし続けた

うかつな見舞客が、黄疸症状やサルの腰掛けを口にした時は、聞こえなっかたフリをした。
家族にとってこれがどれだけ救いになったかわからない。

 尿毒の中期症状で目が見えなくなってからも、テレビを見て相撲を楽しむフリを続けた。
今は国立大学の教授になったYさんの子息が、父の演技に気付いたのは、その死の5日前であった、という。   Yさんの臨終を告げる医師に、子息は号泣をもって応えた。  5日間の心の準備は役立たなかった。  昭和生まれである。    

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
(独り言・B-2) 「朝令暮改」
「朝令暮改」  (1990)                    ...続きを見る
変人キャズ
2006/09/30 03:30
(独り言・B-3)『裸の王様、続・文部省は反省せよ』
『裸の王様、続・文部省は反省せよ』  ...続きを見る
変人キャズ
2006/09/30 03:52
(独り言85)「二極分化社会」
「二極分化社会」                    88 ...続きを見る
変人キャズ
2008/06/27 14:10

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
私の独り言 {明治生まれ} 変人キャズ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる